たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

富士日記(31)昭和43年、へそまん

岸信介の車が牛乳を1本買った、という聞き書きがある。

北海道旅行に行ったとき、貝ごろごろの札幌時計台近くのラーメンもおいしかったが、乗り継ぎの都合で仕方なく降りた何もない倶知安駅でふるまわれたふかし芋が忘れがたい。百合子さんはバターをつけているが、あのときはどうだったかな。塩くらいはついていたかな。

10月7日(月)くもり時々小雨
朝 ごはん、味噌汁、ハムエッグ、りんご、佃煮。
昼 皿うどん、みかん。
3時 汁粉、さつまいもバター焼。
夜 栗御飯、おでん、ほうれん草と切干ごま酢和え、りんごと人参のジュースを作ってみる。主人はキライだといった。

いれちがいに寮から帰ってくる花子に、ビーフシチューの鍋とパンと書置きを残して赤坂の家を出る。
(中略)
途中でそば2杯140円、チョコレート100円、せんべい100円。
(中略)
へそまんで一休み。15分ほど眠る。へそまん1箱200円、かんビール2本200円。
エース製靴様と貼紙した観光バスから、ジーパン姿の若い男女が降りて、便所へぞろぞろと入って行く。
10時過ぎ山へ着く。へそまんをふかしてお茶を入れる。
昼 ごはん、オムレツ、アスパラガス、キャベツとにんじん酢油漬。
3時、柿とみかん。
(中略)
夕方4時過ぎ、一時断水。
夜 ごはん、さといも味噌汁、紅鮭、大根おろし、くるみ甘煮、みかん。

10月13日(日)くもり、一時、雨
朝 ごはん、さんま大和煮、大根味噌汁、のり、卵。
朝食のとき雨が降ってくる。
昼 ごはん、コンビーフのコロッケ、キャベツ塩もみ。
(中略)
黒い雲から入日の光線が射してくる。
夜 おじや、塩鮭。

11月4日(月)快晴
朝6時半赤坂出発。東名道路300円。売店ですし弁当200円。お茶をとって食べる。
(中略)
陽がよく当るので、外に出したテーブルでお茶を飲んで、不凍液を入れ終るのを待つ。おばさんは、さつまいものふかしたのと、白いおまんじゅうを出してくれる。昨夜、十三夜さんだったので、そのおまんじゅうだという。
(中略)
ガソリンが売れないなら、せめて店のアイスクリームでも売りたいと、俺(おじさん)が車の列をまわっていたら、岸信介さんの乗っている車が、アイスクリームでなく白い牛乳を1本買ってくれた。
(中略)
昼 ごはん、すきやき。
夜 ごはん、鮭と卵の中華風炒め、きゅうりとわかめとしらすの三杯酢。

朝 ごはん、納豆、かきのフライ、キャベツ千切り、りんご、大根味噌汁。
(中略)
梅崎さんのお墓にビール1本(新)、オールドサントリー(仕事中ののみかけ)、ぶどう酒一升瓶(更にのみかけで、下の方に5センチばかり残っているのを一升瓶ごと持ってきた)と柿1個(これも食卓にあったもの)を供えて、水を汲んできてお墓にかける。腰を下ろして、罐ビールとタバコをのんでいると、スクーターに乗った男がやって来る。そばに坐って話をする。「4月からここにつとめているが......」と言う。お墓をさして「この人は酒で死んだ人だから、酒を持って供えた」と主人が話すと、「家族の方かね」と訊きながら、ぶどう酒の瓶の方をじっと見ている。「友だちだよ」と言うと、うなずきながら、じっとぶどう酒の瓶を見ている。「あれだけ残して、みんな墓石にかけてしまったのかね」と訊く。飲みかけをもってきて少しかけて供えたのだと言うと、安心したみたいだった。
(中略)
野鳥園のそばのゴルフ場の食堂で昼食。ハヤシライス2人前500円。
(中略)
夜 おじや、おでん、しめ鯖、果物ゼリー。

県民公会堂の7階の部屋に案内されて食事をすすめられる。主人はカレーライス、私はチキンライスを所望する。主人にビール、私にコーヒーを運んで来る。
(中略)
夜 お雑煮、ふかしいもにバターをつける。みかんゼリー。
コーヒーを飲む。満天に星が出る。

9時半朝食 ハンバーグステーキ、ごはん、トマトと玉ねぎのスープ、みかん。

武田百合子著『富士日記』より