ここに出てくる若者には共感しないが、エレメントに自分自身の過去を思い出させるトリガーが多い。塾講師やっててひどい失敗をしたとか自意識過剰だったとか親がかりで生きてるのに偉そうにしてたとか。
若いってつらいよね。曲りなりにもあれが過去になって、大人になれて本当に本当によかったよ。
母が生鮮食品を見ている間に、ヴィレッジヴァンガードで立ち読みしたり無印をうろうろして時間を潰し、立体駐車場の出入り口で待ち合わせる。先についた私は自販機で紙パックのりんごジュースを買い、プラスチック製のベンチに腰掛けて、iPhoneでツイッターを見ながら母を待つ。
コカ・コーラと三ツ矢サイダーとバヤリースオレンジを取り扱っていて、注文を受けるとお婆さんは、奥の自宅の冷蔵庫から缶を取って戻って来た。椎名たちはお婆さんのことを「ババア」と口汚く呼ぶが、その言い方には甘えたような愛嬌があって、ちょっとうらやましいほど親しげだった。
「座って座って、なににする?」気をつかってメニューを差し出す。
パスタのランチセットをたのみ、どちらも食後の飲み物は温かい紅茶にする。季節の変わり目で少し動けば汗をかくほどの陽気だけど、「体冷えるからね」といたわり合いながら、くすくす忍び笑い。
(中略)
サツキちゃんは、季節のきのこのクリームパスタをくるくる巻き取って口に運び、
「えーでも東京の人と結婚してたら戻って来なかったでしょから?」とほにゃほにゃした口調。普段は着ない清楚なワンピースに、ピンクのチークをたっぷり塗り、小エビのアヒージョをナイフで小さく切り分けて口に運び、「おいしぃ〜!」と百点のリアクションをとる。
「腹減らねえ?」
と椎名が向かいのマクドナルドに誘うので、ゆうこは黙って付いて行った。
ゆうこがダブルチーズバーガーセットをたのむと、
「じゃあ俺はビッグマックセット」
椎名は「おごってやるよ」と、尻ポケットから財布を取り出した。
2人は窓際の向かい合ったブースに腰を下ろし、国道を走り過ぎる車のライトを眺めつつ、むしゃむしゃ無心で頬張る。椎名は加速度的にフライドポテトをかっ込みながら、時折り「うまっ」と感想を漏らすが、ゆうこは無反応だ。
「あ〜ビール飲みてぇ。前は2杯くらいビール飲んでも車で帰ったけどさぁ、飲酒運転の取り締まりめっちゃ厳しくなったから、もうそんな無茶できねえし」
お茶は決まってリプトンの紅茶で、ティーバッグの糸を垂らした柿型のポットトマグカップが2つ、それからお菓子が添えられていて、お盆にのせて運ばれてきた。アルフォートやルマンドの袋をむいてぽりぽりと食べ、小腹が満たされると途端にだらけた空気になる。駅前でラーメンを食べ、コンビニで食料を買って、真っ暗な部屋に戻る。
休憩の合図に、黒木瞳がお盆にティーセットをのせて現れた。漉された紅茶が花柄のティーポットに入って、布の帽子をすっぽりかぶせられており、朝子は生まれてはじめてティーコゼーというものを知る。薄手の紅茶カップは温められ、ソーサーがついて、花模様の紙に包まれた角砂糖が添えられていた。
ガレージから発掘した自転車に空気を入れながら、
「麦茶でも出してよ」
と催促すると、薫ちゃんは家の中から白い水玉模様のグラスと、円柱形の薄いガラス容器に入った自家製の麦茶を持ってきて、
「うちの麦茶マズイよ」と言って注いでくれた。
ゴクゴクのどを鳴らして飲む。
「別にまずくないよ。冷えておいしい」
薫ちゃんは照れたように、口角を歪ませて笑った。7月の終わりには海に行き、ジブリ映画を観に行き、8月の花火大会に行き、駅前のファストフードでだらだらポテトをついばみ、夜の公園で遅くまで喋った。
(中略)
ガリガリ君とあずきバーを買って、駐車場の車止めに腰掛けてアイスを齧った。アイスはすぐに溶け、指先に汁が滴り落ちるので、小さな子供みたいにそれをぺろぺろ舐めた。
山内マリコ著『ここは退屈迎えに来て』より