そう、アメリカで入手できる日本のカレールーの中でも私の観測範囲ではジャワカレーが一番人気だ。この彼のようにあえて「ジャワカレー」を指定する。他のと比べて高めなことが多いが、こくまろよりゴールデンカレーよりジャワカレー。最悪妥協して一部の米系スーパーにも置かれているバーモントカレー。
「あしながおじさん」以来、書簡文学に苦手意識があるのだが、本作は特に突っ込みを入れることなく面白く読んだ。ブラボー。
その代わり、お弁当を持ってきたからダム公園で食べて遊んで帰ろう、って言われて、みんな大喜びしました。来てよかったって心から思いました。
お弁当はすばらしかった。おいしいとか、豪華とか、かわいいとか、そういうのを全部ひっくるめて、とにかくすごかった。おにぎりだけでも6種類あったし、おかずも全部思い出しきれないくらいたくさんありました。先生は料理も上手なんだ、って感心したんだけど、実は全部だんなさんが作っていたんです。
(中略)
だんなさんはとても優しい人で、みんなが遠慮せずに食べられるように、紙皿におにぎりとおかずを取り分けてくれました。それも、一人ずつ、「どのおにぎりがいい? 食べられないものはあるかい?」って訊いてくれるの。「一番おいしいのがいい!」って言うと、「じゃあ、これかな?」ってだんなさんの手作りの蕗味噌が入った焼きおにぎりを入れてくれました。以前、主人が作ってくれたおにぎりを持って、2人でピクニックに行ったとき、あの日のことを思い出しました。悲しい出来事ではありません。先生のだんなさんが作ったおにぎりがとてもおいしかったということです。蕗味噌入りの焼きおにぎりの味を、今でも忘れることができません。おにぎりを食べながら、事故のことを主人に話すと、涙が止まらなくなりました。
主人の作った蕗味噌入り焼きおにぎりの味を、わたし以外にも憶えている人がいたことがなによりも嬉しかった。
食事制限がないようでしたら、鮎の甘露煮や手打ちそばなど送らせていただきたいと思います。すみません、最初に気付かなくて。
―――鮎の甘露煮、美味かったなあ。昔は夕飯に出ると「またこれ? 勘弁してくれよ」なんて文句言ってたけど、今思うと、贅沢な話だよ。なあ。
家が貧乏なヤツから順に声をかけてくれていたんだって。俺は学級委員だから声をかけられたって当日まで思ってたけど、昼飯の弁当を見て、そうじゃなかったんだってわかったよ。
―――先生のご主人が作られた弁当ですか?
―――それも、真穂から聞いてるんだ。
―――ええ。蕗味噌入りの焼きおにぎりがおいしかったって言ってました。
―――あれだけ手の込んだおかずを食わせてもらって、焼きおにぎりとは、作りがいのないヤツだな。俺はエビと白身魚のすり身が入った卵焼きなんてあの日初めて食った。今じゃそこそこ収入があって、テレビで紹介されるような有名な寿司屋に行くこともよくあるけど、あれより美味い卵焼きは食ったことない。弁当広げたのを見て、ここにはクラスの貧乏人が集められてるって気付いたときには、正直、めちゃくちゃショックだった。その場にいることが恥ずかしかったし、メシをよばれることも恥ずかしかった。でも、先生のだんなさんは全員平等に皿におかずを取り分けてくばってくれた。みんなの口に合えばいいんだけど、なんて言って。
俺は卵焼きに手を付けた。豪華なおかずが並ぶ中で、一番安っぽく見えたからだ。がっついていないってところを見せたかったのかもしれない。ところが、口の中に入れると、今まで体験したことのない味が広がった。思わず泣き出しそうになったくらいだ。あの頃の俺みたいな子どもたちを日帰り登山やピクニックに連れていってやるんだが、さすがに美味い弁当は難しい。
せめて卵焼きだけでもと作ってみたが、だんなさんの足元にもおよばない。でも、同じボランティアの中にそれをおいしいと言ってくれた子がいて、来年の春に結婚することになっている。
なあ、それって全部先生のおかげだと思わないか?オーガニックなんていうとおしゃれっぽい響きでdすが、この町のそれは、自分の家の庭で取れたハーブを入れてくれる昔ながらの喫茶店です。僕はカモミール、沙織さんはブルーマーロウを注文しました。僕は沙織さんが頼んだものを知らなかったのですが、運ばれてきたときはきれいなブルーをしていたお茶が、レモンを入れるとピンクに変わり、化学の実験のようでとても驚きました。
日本食は、食べたいものを挙げるとキリがないし、ここにいるあいだはなるべく、ここで手に入るものでどうにかやっていこうと思ってるが......カレーを入れてくれるとありがたいです。できれば「ジャワカレー」の辛口で。
先日、村人に歓迎パーティーを開いてもらったので、お礼に、日本食を作ってお返しをしたいので。日本のカレーは、日本の代表料理だ!荷物が届いた情報は村中に伝わるらしく、村の診療所の病室で寝込んでいるところに、大家のおばさんが「荷物はどうするのだ」と何度もしつこく訊きにくるので、カレーを1箱やるから、開けて持っていってくれと言うと、翌日、わざわざ、作ったカレーを病室まで届けてくれた。
電子機器隊員から作り方は教わっていたらしいけど、分量を無視しているので、かなり水っぽいのができていた。おまけに、米ではなくイモが添えてあった。ありがたいけど食欲がないから持って帰ってくれ、と言うと、たまたま病室前を通りがかった看護師が嬉しそうに入ってきた。ひげにカレーをいっぱいつけながら、美味そうに食ってたよ。
(中略)
休日にきみの部屋で昼前まで寝ていると、カレーの匂いがしてきて、目を開けると、エプロン姿のきみがカレーの鍋をかきまぜていて、僕はそれをぼんやり眺めるのが好きだった。
熱に浮かされてナーバスになっているところに、カレーの匂い。それで、こんなことを思い出したのだろう。少し、泣いてしまった。カレーの匂いでホームシック。秘境暮らしの俺のタンパク源は、巨大幼虫をから煎りしたもので、彼女や親には、手紙で「エビグラタン」の味がすると書いていたんだが、昨日、同期のヤツらと調整員の吉元さんの家に招待され、奥さんに本物のエビグラタンを作ってもらったら、俺は大嘘つきだったことに気付いたよ。
他にも、ロールキャベツ、鶏のから揚げ、ポテトサラダ、日本で当たり前に食ってたものが、本当に美味かった。
(中略)
そのあとビールを飲んでいるときに(これも久しぶりで、感激!)、日本から彼女が会いに来たってことが、吉元さんから判明した。だけど、純一本人は何にも教えてくれないから、「から揚げの分だけ話せ。1年ぶりの肉だったんだぞ」って問い詰めたら、郵便船に乗せてもらってきたとか、カレーをいっぱい持ってきたとか、健気なエピソードを小出しに教えてくれた。
湊かなえ著『往復書簡』