たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

おじやは太る?『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(9)

私は80年代の大半を地方で過ごしたが、うちにはなぜかサフランがあってたまに食卓に黄色いご飯のピラフやドリアが出てきたんだよな。母はチャレンジャーだった。
アメリカに来て体感しているが、ちゃんこなべとかご飯みたいな元の素材の形が見えるものは、パンとかパスタに比べたら全然太らないと思う。

グラティネはパリジャンの好きな夜食、プール・オ・リは巴里から南にさがったリヨンの街でよく食べるお料理だ。そしてそのリヨン市から南に下がる地中海に面した南仏、特にマルセイユではブイヤベースが有名ということになる。
マルセイユの街ヴィエイユ・ポルト、古い港と呼ばれる海ぎわにはたくさんのレストランが並んでいる。
(中略)
モンテ・クリスト伯のストーリーで有名な全島牢獄だったこの島は、地中海の碧い碧い海の中にある。美しい地中海の海、それからシャトー・ド・イフをみるために、そしておいしいとりたての魚料理をたべるために、人々はコの字形の海岸通りをゆききする。夜になると大変な人出だ。
「新しいエビがありますよ」
「カキのとりたてはいかが!」
「この店独特のブィヤベーズ!!」
店の前に客よびがいて、やかましく旅行者たちを誘惑する。
「ブィヤベーズ」、この魚のスープは、漁夫たちだけが作り、そしてたべていた料理だったということだったが、いろいろな種類の魚を大なべになげこんで、オリーブ油とサフランの粉を入れ、たっぷり水をそそいで強火でぐらぐら煮るこの料理は、たしかに漁師町の香りに満ちている。
パリの高級レストランででてくるヴィヤベーズは、制服の給仕がおごそかにサーヴィスする大きなエビなどがついて気取ったよそいきのブィヤベーズ料理だ。
マルセイユの店のおもてでは貝類を売っている。魚屋兼料理屋のあまりきれいでもない店に入ると、ほかの料理など目もくれず、誰もがこのブィヤベーズを食べている。大きいスープを入れるポットに、濃い黄色のスープがたっぷり入っていて、上にはフランスパンの切ったのがごろごろ浮いていて、下には名もわからぬ骨の多い魚がたくさん沈んでいるブィヤベーズだ。
スープ皿にパンのかたまりが入ったスープをとり、別皿に魚をとり出して、魚をたべながらこのスープをのめば、お腹はいっぱいになってしまう。
ブィヤベーズでおいしいのは、魚の味よりも、濃いサフランの匂いのするスープで、魚は出がらしの上、雑魚を使うから骨も多くて、決しておいしいとはいえない。だからマルセイユでは、魚よりもスープを食べるために、パンをふんだんに浮かしてお腹をいっぱいにさせるのだが、高級料理店では、エビをつけたり、白身の魚や貝類をつけあわせて、魚もおいしくたべられるようにしている。
(中略)
このスープの上に焼きパンか揚げパン(中略)を入れ、パセリのみじん切りをふりかけてだす。大なべの黄色いスープの中に色とりどりの魚がごろごろ沈んでいるのはステキだ。
(中略)
日本には粉のサフランはなく、輸入品のサフランのめしべ、おしべが売られている。これは水につけておいて中火でよく煮、一度こした汁を使う。これはブィヤベーズに使う魚が、どんなつまらない安い魚でも使えるのだから、サフランが少し高くても、決してぜいたくな料理とはならない。
もちろんぜいたくに気どりたい人は、パリの高級料理店よろしく、エビや具をうんと入れれば、もっとバラエティが出るわけだ。スープはちょっと口ではいい表せぬほど、こってりとしておいしいし、あたたまるし、この料理だけで、西洋ふうならばサラダの一皿をつければ十分。日本流になら、この後おつけものでごはんを一杯いただけば立派なディナーを食べた気分になれる。
この場合も土なべのまま食卓にだすのが趣がある。

私は現在の伊勢ノ海親方が柏戸といわれたころから親しくしていたので、ちゃんこなべを作るところをみたこともあるし、食べたこともある。また、もとお相撲さんだった人が割烹旅館をしていて、そこでは、ふだんお相撲さんが食べているより、もっとこった、おいしいちゃんこなべを食べさせてくれるので、ときどき行くが、ちゃんこなべは、あっさりしているので、いくらでも食べられる、たのしいおなべだ。
まず、こぶだしをたっぷり大なべに入れる。具は白身の魚、季節の菜っぱ類、おとうふ。これをなべの中にじゃんじゃん入れて、煮上ったらポン酢でたべる。ポン酢はこのごろ出来たのを売っているから、それにみりんとおしょう油で味をつける。別に大根おろしとねぎのみじん切りをそえておいて、各自よろしく好みの味でたべるのがちゃんこなべだ。
(中略)
おなべの具をたべた後、ごはんを入れて、おじやを作るとおいしい。でもおじやは太るのだそうだ。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より