たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

豆料理の缶詰『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(11)

最低限の健康な食生活の原則として、いちばん簡単でシンプルに聞こえる助言が「1日1回マメ類をたべる」「ひたすら食べるものの種類を増やす」である。それを聞いてからChipotleでも必ずマメを入れてもらうようになったし(それまではメキシカン料理のマメは避けていた)、スーパーに行ったら何かしらひとつ初めてのものを買ってみるクセがついた。

ポークアンドビーンズの缶詰は英国人の義家族も大好きであるが、それについては私は共有するところがない。

豆というと、私は子供の頃とてもあこがれていたものがある。そのころ見た映画、アメリカの西部劇、カウボーイの物語などで大陸を横断する男たちが、夜になって焚火をかこんで、大きななべからブリキ製の粗末なお皿に何かとってたべているもの、それはいつも同じようなものだったが、あらくれた男たちが大切そうにお皿をかかえてフォークですくうようにして食べているものが、私はたべてみたくてたまらなかった。あるとき、
「何たべてるの?」
と父にきいたら、
「ポークアンドビーンズだよ、豆と豚を煮こんだおいしい田舎料理だ」
といった。
その後、私はアメリカ製のカンづめで、そのポークアンドビーンズというのをたべた。それはとてもおいしくはなかったが、期待していたような味がした。都会で、テーブルについて食べてはものたらなく感じるお料理でも、大平原の中で焚火を目の前にしてたべたら、これ以上おいしく満足するたべものはないと思われるような味なのだ。
(中略)
ごはんのおかずにはならないが、日曜日の昼食などに、これをたっぷりつくってサラダを添えて出せば、西部劇にあこがれている子供さんたちは、私同様、大いによろこぶことだろう。

だいたいヨーロッパ人は、日本人にうらべてよくグリンピースをたべる。カンづめももちろんだが、出さかりの頃は、グリンピースの中にベーコンをきざみこんで煮たり、またジャルディニエールといって、じゃがいもを四半分に切り、人参も大きめの乱切りにし、玉ねぎはうす切りにし、グリンピースと一緒に煮る。煮上ったら、水気を切って塩コショーで味をつけ、バタの一かたまりを入れて大まかにまぜあわせて食卓に出す。
(中略)
八百屋の店先に豆が一杯つまれる頃になると、私はつい買ってしまって、そしてむいてしまうから、つい食べるわけで、だからグリンピースの料理はよくつくった。

「何がたべたい?」
「しつっこいのがいい? それともさっぱりとしたうどん?」
「スパゲティでもいいわよ。それともスープとパンにする?」
そして皆のいちばん食べたいものをつくる。疲れた後でも、温かい夜食をたべて雑談していれば疲れもいやされるし、ときには雑談のうちに案外思いもよらなかったアイディアが浮かんできて仕事のたすけにもなる。

たいてい男のお客さまならお酒かビールが飲みたいのだろうが、それと一緒におせんべかピーナッツなどのつまみものをさっとすばやく出しておいてから、食事の支度にかかる。何か少しでも出しておかないと、食事の支度が長く感じられる。
だから、ハムがあれば薄く切ってくるくるとロールにして楊枝でさしたり、チーズがあればうすく切って出す。パセリがあればちょっとちぎって横にそえる。
さて食事だが何もない。といっても何かしら、あすの朝のための材料がある筈だ。
おみおつけに入れる筈だったお豆腐があれば湯どうふができる。こんにゃくがあれば味噌おでんができる。これは湯どうふと同様、土なべにコブをしき、こんにゃくは適当な大きさに切って、火にかけ、煮えているところを土なべのままテーブルに出し、別の皿に甘みそをつくって、それをつけて食べる。
(中略)
お客さまが来た場合、ある程度の材料を手に入れられないときは、卵が1コあれば、おいしいかきたまのおつゆをつくるとよい。
(中略)
これに、おにぎりでもつくってはどうでしょう。三角にむすび、いりゴマをつけたり、のりをまくのもいいし、焼きむすびにしてもいい。かきたまのおつゆとおにぎりと、おつけものを出せば、ちょっとしゃれた夜食になる。
それに、「茶づけでも......」といったのだから、ありあわせのお漬物にこぶやつくだにの類を出して、ほんとうにお茶づけを出すのもよいと思う。また、おだしを使ったのり茶、鮭茶などもよろこばれるでしょう。

揚げものなども、たねがないとき、人参、じゃがいも、さつまいも、みつば、ピーマン、玉ねぎ、それに焼きのり、となんでも揚げる。三色の取合せで、けっこうご馳走にみえる。
たつた揚げは、たいていトリや豚などの肉類でつくるが、野菜だって、たつた揚げにすれば、大根おろしやつけ汁をつくらないですむ。
(中略)
天ぷらも、ころもの中におしょう油と塩を入れて揚げると、味つき天ぷらとでもいったらよいだろうか、天つゆはなくても食べられる。
(中略)
あるてんぷら屋さんでは、衣の中に氷のかけらを浮かして、その中に具をつけてあげていた。
「氷を入れるとどうなるのですか」
ときいたら、
「衣が軽くさっぱりとあがるのです」
という答えだった。
衣を軽くあげるためには、粉と水と卵をまぜるとき、こねないことがかんじん。ぶつぶつがあるからといって、たんねんにつぶしてこねたら、衣は重くなる。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より