たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

食缶とアセロラドリンク『スペードの3』

  • 「アスパラとベーコンのクリームペンネ」、私がパスタでよく作るやつ。この文字面を見ただけで食べたくなる。
  • 「食缶」がなつかしい。ていうか、給食にフランスパンが出るの?
  • アセロラのドリンクもなつかしい。

「ごはんは? 私たちはもう食べたけど」
ハイ、と、由加が美知代に向かってメニューを開いた。圭子と由加の前には、メニューの代わりにノートや会報のコピーが拡げられている。
パスタを頼むと、美知代は自分のてのひらにハンドクリームを塗り込んだ。
(中略)
由加はホットコーヒーを、圭子はラム酒付きのココアを飲んでいる。

美知代はそう言うと、スプーンとフォークを使い、アスパラとベーコンのクリームペンネを食べ始めた。

銀色の食缶がガチャガチャと音を立てている。フランスパンと牛乳、豆をたくさん使ったスープのにおいが混ざる。
他の給食当番が二人でひとつの食缶を運んでいる中、むつ美はひとりで牛乳パックを片づけていた。黄色いカゴの中に、みんなが各自たたんだ牛乳パックがぎっしりと詰め込まれている。

今年の総鑑賞日のときは、全員にチョコレートをくださった。荷物の中に紛れていたのか、そのチョコレートは少し溶けていて、形が崩れていた。圭子は、楽屋の暖房が効きすぎてたのかな、寒がりだからカイロとかで溶けちゃったのかな、と、小さなチョコレートひとつから限界まで情報を引き出そうとしていた。

「......アセロラジュースなんて飲むんですね」
美知代がそう言うと、唐木田の頭に巻かれたタオルの尾が少し動いた。。
「ああ」
唐木田は美知代のほうを見ずに、残りのジュースを飲み干す。

「あ、売り切れ」
アキはコーヒーを一口飲むと、そうつぶやいた。一番上の段の右端、アセロラジュースの購入ボタンが、売り切れ、という文字で赤く光っている。
「唐木田さん、最近あれ、ハマってるんだって」
缶に書かれているアセロラ、という文字は、赤くてつやつやしている。さっき唐木田が飲んでいたものが最後の一本だったのだろうか。
「そしたら現場チームでも流行っちゃって、これだけすぐ売り切れるんだって」

卒業式のあと、先に学校を離れた母は、夕方遅くに帰ってきたむつ美を濃い味の手料理でうれしそうに迎えてくれた。

卒業式のあと、愛季は、むつ美に向かってオレンジジュースを差し出してくれた。そして乾杯するように、自分の紙コップの縁をむつ美のそれにこつんと合わせた。

母の作る料理は味が濃いから、白いご飯がよく進む。

ポテトチップスは好きだけれど、志津香の選んだ味はとても濃い。

お正月の三が日では、親戚のおじさんたちよりもおせちやおもちをたくさん食べていた。

「修輔は?」
コップに麦茶を注ぎながら、むつ美は言った。
「帰ってきてないの?」
「うーん」煮え切らない返事をした母が、豚のしょうが焼きがたっぷりと盛られた皿を運んでくる。修輔は、たまねぎの入った豚のしょうが焼きに、マヨネーズをたくさんかけて食べる。

「ほんとにっ? その日、夕飯、自分で用意してもらってもいい?」
ビニールボールが弾むようにそう言う母に対して、父はクールに「別にいいけど」と返していた。そのときつかさは、母がいない土曜の昼、父が嬉しそうにカップラーメンに卵を入れて食べている姿を思い出していた。

母にはコーヒー、つかさにはオレンジジュースを出してくれた剛大の母親は、つかさの母がチケットのお礼にと持ってきたクッキーを一つも食べないまま言った。

昨日、パックのお寿司を食べたからだろう、しょうゆと魚の生臭さが混じり合った匂いが鼻先をかすめる。

三月も半ば、まだ点けっぱなしのホットカーペットの上で、つかさは、母が淹れてくれた甘い紅茶でふくらんだ腹をゆっくりと撫でた。

「ありがとう。あと、これ、すごくおいしかったわあ」
母は読んでいた文庫本を閉じると、小皿に載ったバウムクーヘンを指さした。「これ、あんたの分ね」電車に乗る前、駅の地下でつかさが買ってきたものだ。ていねいに切り分けられているバウムクーヘンには、よく洗われた銀のフォークが添えられている。
(中略)
つかさは、横に倒した銀のフォークをバウムクーヘンに沈ませていく。
「黄色いストール?って言ってたけど、あんた覚えてる?」
いくつもの層が重なってできているバウムクーヘンが、少しずつ切れていく。
(中略)
「新しい舞台、また決まりそうだから。それよりこれおいしいね」
つかさがバウムクーヘンを指さすと、母は「でしょっ?」とまるで自分が買ってきたおみやげを褒められたみたいに語尾を跳ねさせた。お父さんの分も残しとかなきゃねえ、と笑う母の頭の中には、きっともう、円はいない。
(中略)
つかさはもう一口、大きめにカットしたバウムクーヘンを口に含んだ。どの雑誌にもおいしいと書いてあったバウムクーヘンは、想像していたよりもずっとパサパサしていた。

男は、百円玉を作るためだけに買ったのであろう缶コーヒーを、面倒くさそうに飲んでいる。

朝井リョウ著『スペードの3』より