欧米の物語にでてくる食べ物の描写にうっとりするのは大正の時代も今も変わらない。
アーラムは進歩的な学校で何をするにも男女平等です。だけど、女子寮の門限が6時で男子は夜間外出自由なことだけがどうにも納得が行きません。でも、その分、男子たちは私たちにアイスクリームを買ってきてくれ、三階の窓から先端に籠のついた紐を下ろせば、必ず入れてくれます。紐をするする手繰り寄せて受け取る、真夜中のアイスの冷たくて美味しいことといったら!
田園に囲まれるアーラム大学は、環境が良いばかりではなく、近隣の農家から届けられる野菜や果物が新鮮で味わい豊からしい。ゆりは土曜日の夜の「キャンプ・バザー」が楽しみで仕方がないのだという。男女混合の八人で、食堂に用意してもらったバスケットを持って歌いながら小川のほとりに向かう。薪を集め、石を積んで、キャンプファイアーをする。熱くなった石の上で、ベーコンをじゅうじゅうと焼いて、ステーキを焼き、最後は卵を落とす。小川で冷やした瓶入りのアップルジュースの味は格別なのだとか。
せめて道の給料が出るように、塩ピーナッツを販売しようという声が若手から上がった時は、さすがに肩身の狭い思いをしたものだ。
去年の正月、道は渡辺家を一人で訪れたのだった。ゆりの弟たちが三島の停車場まで荷物を運ぶために賑やかに迎えに来てくれたばかりではなく、家に着くなり、うなぎやおせちで大歓迎を受けた。
聞けば、故郷から家出同然に出てきて奉公先を探しているというので、その日は宿泊施設に連れて行き、ご飯と味噌汁、卵焼きを与え、家族に連絡した。
夜、食事を終え、くつろいで熱いお茶やお菓子を食べながら、その日あったことを報告し合うのが二人にとっていちばん好きな時間だった。
中身は着古した肌着にお弁当と蜜柑、替えのシーツや聖書くらい、いつもそうであるように大した額は入っていない。
「あら、道さん、もしかして、お腹が減っていらっしゃるのね」
歌子さんが声をかけ、駒さんが薄い煎茶と一緒に梅干し入りのおむすびを運んできてくれた。
(中略)
夢中でおむすびを食べ終えた道がため息まじりに言うと、歌子さんは首を振った。
ブナの実入りのサンドイッチや青いギンガムのドレスの描写にうっとりする。
柚木麻子著『らんたん』より