たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

脂ののった会食シーン 林真理子著『最高のオバハン 中島ハルコはまだ懲りてない !』

『愉楽にて』でも高値こいた記述がされていた村上開新堂のクッキー。
私がおばあちゃんちで食べたときは、期待を上げ過ぎたこともあってか、「ブルボンと言われても気づかん...」と思った。というか、個人的にはモロゾフとかヨックモックのほうがおいしいと思う。
ハルコに「こいつらに食べさせるのはもったいない」と言われる子たちのひとり。

手に入りづらいクッキーも、この家ならふんだんにある。
「村上開新堂のクッキーが、こんなにあるうちって初めて見ました」
「そうでしょう」
ハルコは得意そうに頷いた。
「私がここのクッキーが大好きだと知っているから、おじさんたちがやたら送ってくれるのよ」
「でもすごいですね。ここのクッキーは少ししかつくらないので、手に入れるのが大変なんですよね。確か誰かに紹介してもらわなきゃ申し込めない。しかも3カ月待ちはふつうというクッキーです」
(中略)
一番町にある村上開新堂のクッキーは、文字や模様が全くないシンプルなピンクの缶に入っている。そしてぎっしりと隙間なく詰められたクッキーの美しさときたら、まるで工芸品を見ているようである。当然のことながら価格もとても高い。価値がわかっている人たちだけでとり交される贈答品である。

「すみません。いづみさんから、今日はハルコさんのおごりだから、お酒入れて1人8千円以内の店って言われてたんですよ。でもここ、おやじさんが毎朝築地行って買ってくる魚ですから、とってもおいしいですよ。今でしたら、ノドグロの煮つけなんかおすすめです」
「じゃあ、それをいただこうかな。それから特製ポテトサラダっていうのもお願い。あっ、生ビールおかわり」
(中略)
やがて揚げた稚鮎やマグロのぶつ切りが運ばれてきた。マグロは中トロと赤身が半々ずつだ。
「この店はこんなざっくりした切り方ですけどね、いいマグロ屋から仕入れているから味は一流ですよ」
熊咲は、さあどうぞと言い、自分がまず稚鮎をぱくりと口に入れた。いかにも食べることが大好き、といった動作である。

「時々コンビニ入って、スイーツ買っちゃうもんねえ……」
熊咲雄介は傍らにいる菊池いづみに同意を求める。彼女の方も、
「そうなんですよ。ちょっと目を離すとコンビニのシュークリームをむしゃむしゃやってるからびっくりしちゃいますよォ」

「鶏道楽」というこの店は、そう値段も高くなく、新鮮な鶏の刺身が食べられる。その後は野菜がたっぷりの鍋が出て、スープで雑炊になるという段取りだ。
(中略)
「せっかくの鶏鍋です。おいしくいただきましょう」
熊咲は慣れた手つきで箸を持ち、2人にとり分け始めた。
「ハルコさん、この心臓のところはサッと煮て食べてください。よそではこれはなかなか味わえませんよ」
「あら …… コリコリしてておいしいわ」
「でしょう。いづみさんも、ほら、早く食べて」
やがて満腹の静けさがあたりをつつんだ。

熊咲が指定してきたのは、老舗の中華料理店である。そろそろ上海蟹が入ってくる頃なので、皆でおいしいものを食べようという名目で呼んだというのだ。
(中略)
熊咲は姉の隣りに座り、さりげなく世話を焼いている。あらかじめ甲羅をはずして持ってくる蟹も、殻をそっと自分の皿に移した。
「翔一クン、もっと紹興酒飲みなさいよ。今夜はクマちゃんのおごりだから、二十年古酒ってやつを頼んだのよ」
(中略)
そこへ伊勢海老を軽く炒めたものが運ばれてきた。半身の上に、四角く切った身がのっている。
「あらー、せっかくの伊勢海老、こんな風に分解されちゃったのね」

そうしている間に前菜が運ばれてきた。1つの皿に5つの小さな料理が盛られている。
「ご説明いたします……。右からトマトとキャビアのゼリー寄せ、その隣りが牛肉のカルパッチョ……」
(中略)
ハルコはパスタを巻きつける手を休めずにつぶやいた。そしてやや音をたてアラビアータのスパゲッティを吸い込む。
「純子さんも、話はそのくらいにして、伸びないうちに食べなさいよ」

「ふつう2食おごるって言ったら、夕食2回ですけど、まあ、いいか」
ということで、2人は2泊3日のソウル旅行にやってきたのである。昨夜は豚の焼肉料理を食べた。こちらの方が牛よりも食べやすい。済州島の黒豚は、もっちりしていて甘い脂身だ。そして今日のランチは、大人気の韓定食を食べに行くことになっているのだ。
(中略)
「こんな円安になっても、韓国は食べ物安いもの。昨日の焼肉屋もビール2本飲んで2人で7千円しなかったものねえ」
「そうなんですよ。ソウルの食事の安さは感涙もんです。しかもパンチャンがタダ」
「パンチャンって何よ……」
「やだー、ハルコさん、おいしい、おいしいって言ってたじゃないですか。キムチもやし、カニとか小皿でいくつも出てくるでしょ。韓国ではあれはみんなタダで、いくらでもおかわり自由なんです」
「そうだったわよね。そこへいくと、日本の韓国料理屋は相当ぼってるわよね。キムチがひと皿800円もするんだから」
(中略)
そうしている間にも、皿が次々と運ばれてきた。テーブルに並べきれないほどで、何種類ものキムチはもちろん、スープは3種類、アミ、カニの炒めもの、焼きたての鯖、ひき肉のチャプチェ、ノビルと味噌、海苔、となんと20種になる。
(中略)
そのあと3人はひたすら食べ続けた。20皿の圧迫感はすごいものがあり、とにかく空にしなければと、せっせと箸を動かした。やっとひと息つけたのは、おおかた片づいて、デザートのスイカが運ばれた頃だ。
(中略)
「あっ、スイカもっといるかって」
「私はもらうわ。韓国のスイカ、あっさりしておいしいのよね」
ヒョンヒはそのことをおばさんに伝えたらしい。今度は大ぶりのものが3切れ皿に盛られてきた。

「さすがにここのお茶代ぐらい、ハルコさん払ってくれますよね。私よりずっと年上なんだし」
つい嫌味を言ってしまった。
「ヤな言い方するわね。もちろんそのつもりだったわよ」
「だったら、ケーキ頼んでもいいですか。ここのケーキは、このあいだのスイーツグランプリで準優勝したんですよ。今の季節、モンブランは絶品ですよ。本物の和栗を使っているところは都内でもめったにありませんよ。それから生クリームのおいしさも、私は東京でベスト3に入ると思いますよ」
「ふうーん、やっぱりいづみさんは食べ物の専門家よね。それ聞いてたら、私も食べたくなっちゃったわ」
「じゃあ、2個注文しますね」
「2個は多いわよ。1個頼んで半分ずつにしましょうよ。私はダイエットしてるし、ちょっと味見るだけでいいんだもの。フォーク2本もらえばいいでしょう」
「フォーク2本もらって半分こずつなんて、おのぼりのおばさんみたいで私なんか、ちょっと……」
「いいじゃないの、半分ずつで」
「それに私、ケーキの味を確かめるためにも、ちゃんと1個食べたいんですよ」
(中略)
やがて白い皿に盛られた、小ぶりのモンブランが運ばれてきた。いづみはスマホで撮影した後、フォークで切り口をつくりもう一度撮った。
(中略)
ハルコはモンブランの最後のひときれを口に入れる。
「やっぱり季節の和栗を使ってるから、上品でおいしいわね」
(中略)
やがて新しいお茶が運ばれてきた。しかも小さなタルトが幾つか添えられている。
「どうかお味見をしてください。うちのパティシエの新作です」
「ここのタルトも最近評判ですよね。カフェ・ブリュー、この頃ケーキがすごいって、ネットの書き込みいっぱいですよ」

「そんなこと言うと、蟹を出さないわよ」
「まあ、まあ、冗談ですから軽く流してくださいよ」
富山からズワイ蟹の到来ものがあった。とても1人では食べきれないので、夕飯に来いとハルコからの誘いだったのだ。
やがてハルコは食器を並べ始める。お茶をやっているだけあってどれも趣味がよい。見事なズワイ蟹2ハイは、備前の大きな皿に盛られた。
2人はしばらく無言となって、蟹をせせり始める。
「なんておいしい蟹なんでしょう」
ため息をついた。フードライターのいづみは大層舌が肥えている。その彼女が食しても、甘みといい、みずみずしさといい絶品の蟹であった。
(中略)
どこか釈然としないが、ズワイ蟹のおいしさは抜群で、これはいづみが持参した幻の銘酒「亀の翁」を合い間にぐびっと飲むともううっとりした気分になってくる。
(中略)
ハルコは不貞腐れて、蟹の脚を1本手にとった。ポキッと折って中の肉をすする。

「気取ってない焼き菓子なんかは、このテーブルに置くと映えるって、雑誌の人に言われるもんですから。今日はね、いづみさんがいらっしゃるっていうんで、久しぶりにチェリーパイを焼いてみたの」
「やった! 妙先生のチェリーパイは絶品ですからね」
やがてテーブルが整えられ、運ばれてきた紅茶とパイを前に、妙はぽつりぽつりと語り出す。
(中略)
帰り道、ハルコといづみの手には、小さな袋があった。それは残ったチェリーパイを土産に渡してくれたものだ。

警官たちが苦笑して帰るのと入れ違いに、熊咲がやってきた。ケーキの箱を手にしている。
「コンビニで買ってきました。こんな時は、甘いものを食べるのがいちばんですからね」
(中略)
「じゃあ、私、紅茶でも淹れますよ。ハルコさん、紅茶の缶どこにありますか」
「その棚の2番め見てよ。お歳暮でもらったもんがあるはずだから」
ハルコは放心したように動かない。着替えようともしない。
いづみは紅茶を入れ、皿にケーキを持った。ぱさついたモンブランケーキであった。しかしふた口三口食べるうちに、ハルコに活力が戻ってきた。

そして約束の日、2人で食事をしました。料理は確かにおいしかったです。客に出す直前に出汁をひくというのは驚きでした。
「どんな高級な料亭でも、出汁は朝ひくんだけど、ここはすごいね。といっても、こんな話は女将の受け売りだけどさ」

「だからこうして、ハルコさんの大好きな河豚をご馳走してるじゃないですか」
「ま、これは河豚は河豚でも中どころの河豚よね。私は冬になるとさ、一流どこのピンの河豚をご馳走になる女なのよ。まあ、せっかくだから、しっかりいただくけど」
(中略)
「(中略)あ、私、河豚の白子追加してもいいわよね。やっぱりこれを食べなきゃね」
「はい、はい、何でもどうぞ」
(中略)
ハルコはぐいっと、ぬるくなったヒレ酒を飲みほした。いづみのおごりだとわかった時から、もう3杯も注文している。

いづみはハルコから頼まれていたシューマイを手にしていた。初台の小さな店で、老夫婦が手づくりするこのシューマイは抜群のおしいさで、開店するやいなや行列が出来る。午前中であっという間に売り切れて、今や「幻のシューマイ」と呼ばれているほどだ。
フードライターのいづみは、この老夫婦と仲よくなり、時々特別にこのシューマイを分けてもらうことがある。一度ハルコのところへ持っていったところ、
「こんなおいしいシューマイは食べたことがない」
と大絶賛された。
「私みたいにしょっちゅう中国飯店や聘珍樓に行く人間が言うんだから間違いないわよ。また手に入ったら持ってきて頂戴」
と命じられている。
今日も開店前に行き、ほかほかのシューマイを手に入れた。
(中略)
3人でシューマイを食べている。ハルコのストレッチが終わるのを待って、いづみは茶を淹れた。

「この頃、河豚刺厚いのが流行ってるけど、私はこんな風に、お皿が透けるぐらいの薄さの方が好きよ。まあ、なんておいしいのかしらね。河豚刺って、喉が清らかになるみたい」
(中略)
そこでハルコは、あらあら乾いちゃうわ、と残った皿に箸を伸ばす。ハルコはひと切れひと切れ、ゆっくりと食したりはしない。箸を刺身の下に入れ、ぐるっとまわす。
いづみはこれを「メリーゴーランド喰い」と名づけ、警戒のため、自分たちの分の境を示すワケギを1本印に置いている。しかしその“国境”はやすやすと突破されようとしていた。女将の話で沈黙している熊咲をよそに、ハルコは自分の取り鉢に小さな河豚刺の山をつくる。
「あー、やっぱりここのトラフグは最高よね」

林真理子著『最高のオバハン 中島ハルコはまだ懲りてない !』より

雪冷え、花冷え、涼冷え、日向燗、人肌燗、ぬる燗、上燗、熱燗、とびきり燗『ファースト・プライオリティー』

日本酒を飲みたくなること必至。まるで真水のような質の高い日本酒を。

「お、いい匂い。今日は何?」
姉がいつもの時間に帰って来て、台所を覗きそう聞いてきた。
「小鰺のよさそうなのが売ってたから南蛮漬けにした。あと、そら豆とエビの炒め物と、カボチャとアーモンドのサラダ」
「じゃあ風呂入ってくる」
姉は道着を全自動の洗濯機に放り込んでから(あとで干すのは私の仕事だ)ゆっくり風呂に浸かり、上がってきて冷蔵庫からビールの大瓶を出した時に料理が全部できあがっていないとものすごく不機嫌になる。
(中略)
「これ、うまいじゃん」
私がぬか床から出してきた茄子の漬け物をつまむと姉はそう言った。
「まだ浅漬けってとこだけどね」

老舗のインドネシアレストランで炒め物を食べながら僕はふと思い出して聞いた。
(中略)
エビにナンプラーを派手にかけ、彼女はそれにかぶりついた。おいしそうに咀嚼する。

アッサムのアイスティー、挽きたてのコーヒー豆、散歩の途中のショコラ、食後の煙草とブランデー、眠る前のカカオリキュール。

駅裏の路地にある点心の店は課長のお気に入りで、今日もそこに入った。点心といってもそこはどこかの高級中華料理店のコックが歳をとって始めた店で、昼でも2人で5千円以上かかる。でもそのせいで、いつ行っても席があるし、静かでゆっくりできる。
とろとろのフカヒレをれんげですくいながら、私は「あー楽だあ」と改めて思った。お金の心配をしないでいい楽、彼の機嫌を気にしないでいい楽、どうやって彼を結婚におびき寄せるか悩まないでいい楽、おいしいものを邪念なくおいしく食べられる楽。
「もうすぐバレンタインだなあ。チョコレート買ってくれた?」
昼間から2杯ビールを飲んで課長は言った。男の人の方からバレンタインのことを言いだされたのは初めてで私は笑った。
「買ってあるよ。デメルの猫チョコ」

「足りた? ドラ焼きあるけど食べる?」
「いらない」
(中略)
リビングには私と息子2人きりで、昼食後テレビを見ながらプリンを食べていた。

昼休み、その辺にあったクッキーを齧って机に突っ伏していると、同僚達が社食からどやどや帰って来た。

平日、毎朝6時に起きてアパートで飼っている老猫にエサをやり、ご飯を炊いて納豆をかけて食べ、夕飯の残りのおかずで弁当をこしらえて出勤する。

スチュワーデスに手渡される紙コップのコーヒーが私は好きだ。羽田で買ったデニッシュを取り出して食べる。子供が前の席から立ち上がって欲しそうに見ていたが知らん顔をした。

西郷さんの像を見て、桜島がよく見える浜辺へ行き、運転手さん推薦のラーメン屋に連れて行かれた。一緒に食べましょうよと言ったのに、彼ははにかんだ顔をして1時間ほどしたら迎えに来ると言ってどこかへ行ってしまった。ラーメンはすごくおいしかった。お店の人に尋ねられて「東京から来た」と言ったら、何故だか蜜柑と焼き芋をくれた。訳が分からず可笑しかった。

「差し入れのエクレアあるよ」
「いや、甘いもんは……」
「パンでも買ってきてあげようか」
お前は付き人か。レコード会社の社長と対等にメシ食える売り出し中のアイドルだろうが。
「いいって。食堂行って蕎麦でも食うから」

局内の喫茶店の一角に陣取って、私達はそれぞれ蕎麦だのスパゲティーだのカツ丼だのを頼んで言葉少なに食べた。
「ハナさん、後半ちょっと走り気味じゃない。あれじゃ、ミクリが歌いにくそうだよ」
若いわりに保守的なキーボーディストが、食べ終えたカツ丼の割り箸を放り出すようにして言った。

私の好きな数の子と伊達巻を母はとっておいてくれて、それを仕事始めの朝に母の小言を聞きながら食べた。

雑誌じゃジュースや頼んでいないのに私の分まで肉まんを買って。私はお茶を淹れ、ソファに並んで座ってそれを食べた。

午前中の11時だというのに、私は待ち合わせのファミレスで迷わず生ビールを注文した。天気はよくても師走の風は冷たく、本当は冷えていない酒が飲みたかったが、アルコールがそれしかなかったので仕方ない。起きぬけでまだ何もおなかにいれていないことを思い出しサラダも注文した。

「(中略)本来なら正克が来ないといけないのに、急に仕事が入ったそうで本当にすみません。あ、オニオンリング少しどうですか?」

入った蕎麦屋は特に高級でも凝った造りでもなかったが、暖房がきいていて、お昼を過ぎたせいか空いていたし、店の人も感じがよかった。
「何を飲みますか?」
酒のメニューをこちらに見せて義父が笑っている。もしかして私がアルコール依存気味だと息子に聞いているのだろうか。
「じゃあ熱燗を」
「いいねえ。じゃあ、わたしもそうしよう」
彼は店の奥さんに慣れた様子で「熱燗とつまみを適当に」と頼んだ。
(中略)
お銚子と共に出てきたつまみは塩こんぶと佃煮と焼き海苔だった。さささどうぞ、と彼が酒を注いでくれる。口をつけると毛細血管まで一気に日本酒がまわった気がした」
「うー、沁みる」
「うまいだろう。ここの燗は熱すぎなくていい温度なんだ。人肌燗ってやつだ」
「そうなんですか」
「なんだ、酒呑みのくせにそんなことも知らないのか」
「家でレンジでチンするだけですもん」
お義父さんはこの日はじめて厳しい顔になって、日本酒の温度について説明してくれた。冷といっても、雪冷え、花冷え、涼冷えとあり、お燗も日向燗、人肌燗、ぬる燗、上燗、熱燗、とびきり燗とあるそうだ。
「一番熱くても55度までだよ。それ以上にしたら酒じゃない」
やたらおいしい焼き海苔を齧りながら私は苦笑いをした。同じ酒呑みでも私は彼と違って、アルコールならなんでもいいという最低レベルだ。
(中略)
2人でお銚子を3本あけて、お義父さんに勧められるまま牡蠣の天ぷらが載ったお蕎麦を食べた。

彼は大晦日の午前中からマンションに来て、簡単なお節を作ってくれた。
(中略)
お義父さんが温めたお酒はぬるめで、日向燗という30度くらいのものだった。ゆず胡椒をそえた年越し蕎麦を作ってもらい、ソファに並んで座って行く年来る年を見ながら食べた。そのあとは喉が渇いたと言ってビールに切り替え、深夜まで飲み続けた。

やっと泊めてもらえるようになっても彼女は手料理なんか出してはくれない。食べさせてくれるのは買い置きしてある(でもすごくおいしい)パンやチーズくらいだ。

ダイニングテーブルの上に彼女が次々とおかずを並べはじめる。急に僕のために「おふくろの味」みたいな料理をするようになったのだ。本人はキッチンが広くなったので料理に目覚めたと言い訳しているが絶対変だ。と思いながらも、そのいい匂いについ口元がゆるんでしまう。「おいしそうだねえ」と言うと、彼女は一品一品指さして説明した。
「新玉ねぎとアスパラの天ぷら。春キャベツのレモン漬け。あさりの酒蒸し。山椒の木の芽で揚げたささみ。で、グリーンピースご飯も炊いてあるよ」
「こりゃースプリングですなあ」
誉めたのに、彼女は何故だかあまり嬉しそうでない。向かい合って座り「いただきます」と手をあわせて料理に箸をつけた。うまい。

寝ぼけてリビングに行くと昨日残した夕飯はすっかり片づけられ、コーヒーとトーストが用意されていた。寝ぼけ眼でパンを齧る。
「あーねむー。今日2人で会社休もうよ」
「なに言ってんの。早くパン食べて帰って」
はいはい、と呟いて僕はパンの耳を残して立ち上がった。
「あ、駄目じゃない。パンは耳が一番栄養があるとこなのよ」
大真面目に彼女はそう言った。

テーブルの上にはコンビニの袋が置いてあり、おにぎりと缶ビールが透けて見えた。

月曜の夜、嫌な接待があったとかで疲れて帰ってきた彼が、火曜日には私より早く帰ってきていて、しかもご飯を炊き、カレーなんかを煮込んでいたのでびっくりした。

全部聞いた後、夫は何も言わなかった。無表情のまま部屋着に着替え、頼んでおいたお寿司がちょうど届いて、お吸い物と簡単なサラダを作って出しても夫はそれを黙々と食べるだけだ。食事を終え、私が日本茶を淹れて持ってゆくと、ソファに座って口元を片手で覆っていた夫がやっと口を開いた。

恐る恐る反論してみたら、ランチの焼き魚定食の箸を私に向けて、彼女は間髪入れずに言い返してきた。

いつの間にか、というのは、鷹野さんにおいしい餃子の店があるからと誘われ、どうせ予定もないし1人でコンビニ弁当を食べるくらいならと軽い気持ちでついて行ったら、その餃子の店にうちの会社の人達が何人か現われ、みんな彼女に呼び出されたらしく「この状況はなに?」と思っているうちに、全員反強制連行の形で連れて来られてしまったのだ。

まだ暑さの残る東京で、深夜、バイト帰りにみんなで冷やし中華を食べていた時、私はそれを見てしまった。

「急に寒くなったから冷えたんじゃねえの。ホットレモン作ったから飲んで少し横になってなよ」

「オリジナルカクテルを作ってみたんですけど、味見して頂けませんか」
おじさんは驚いた顔をしたあと「それは是非」と言った。彼はウォッカベースのカクテルが好きなので、ココナツとレモンのリキュールを混ぜて抹茶の粉を少し振ってみた。甘口が嫌いだったら失敗だがどうだろう。
「うん、ほっとする味だね」

なんにも食べ物ないよと言うと、コンビニで肉まんでも買っていこうよと彼はあっけらかんと言った。近所までタクシーで行き、飲み物や食べ物を買い込んで外に出ると、暁が歩きながら食べようと、肉まんを袋から取り出した。
「お行儀悪いよ。家で食べよう」
「こういうのは寒いとこで、あったかいうちに食べるのがいいんじゃない」
まるで頓着せず、彼は肉まんを渡してくる。若いなあと苦笑しつつそれを齧ってみると思いのほかおいしく、学生の頃に戻ったようでなんだか妙に楽しかった。

ぼんやり起きた午後、パジャマのままベランダに出て、日差しの中で牛乳を飲んだら、何か憑き物が落ちたような気がした。静かで確かな解放感があった。

ばあさん同士がどうでもいいお喋りをするのを聞くともなしに聞き、具合がよくなってきたので冷たいコーヒー牛乳を買って飲み、昔のパーマ屋にあったような被る形のドライヤーで髪を乾かし、ついでにマッサージ椅子にも座った。
銭湯を出た頃にはどっぷりと日が暮れていて、唐突で爆発的な空腹に襲われ、私はすっぴんでノーブラのまま目についた蕎麦屋に入ってカツ丼を食べた。
(中略)
中学生と高校生の分(そういえば短大時代はよく寝ていた)、就職して働いていた10年間の眠い朝の分を取り戻すかのように、午後まで寝てぼんやりしてから銭湯に行き、帰りに天丼だのカツカレーだの石焼きビビンバだの今まで自分に禁じていた高カロリーな食事を平らげ、部屋に戻ってテレビを点けると1時間もしないうちにまた眠くなって寝た。

野口さんって誰だっけと思いながら手羽先を齧り、私は頷いた。

「どうだい、息子達よ」
新しいワインとグラスを手に戻ってきた親父は僕達にそう問いかけた。
「このチキン、うまいよ」
(中略)
「優しいし、カッコいいんじゃない」
鶏の煮込みの感想と同じような平坦さで、弟が新しい母親の感想を口にした。

駅ビルの適当な店でパスタを食べた。会話は当然ながら弾まず、私は勝手に自分の仕事の話ばかりしたように思う。

山本文緒著『ファースト・プライオリティー』より

70年代 皇室の食卓『陛下、今日は何を話しましょう』

学習院のカレーも生協だろうか。銀座のとんかつ~

食堂と思われるその部屋は和室になっていて、細長い大きなテーブルがありました。ただし、椅子の部分が掘りごたつ式になっているのです。(中略)

海外からのお客さまには和室で正座して食事をとるのは難しいでしょう。でも来日して、いつもと同じテーブルと椅子では味気なく感じます。この掘りごたつ式なら少しでも和の雰囲気を味わってもらえます。海外のお客さまに和の雰囲気の中でお食事をとってもらえる折衷案として、このような食卓が生れたのかもしれません。

ちなみにこの日の夕食のメニューは、おせち料理とビーフステーキでした。

夕食後、私たちがどのように過ごしたか、この日の日記で締めくくりたいと思います。

「宮さまはバイオリンを弾きました。上手でした。僕は『The Entertainer』をピアノで弾きました。宮さまもピアノを弾きました。8時半頃、四谷まで送ってもらって帰りました。」

 

御所で近況報告をしていたとき、私はおもしろ半分で陛下に英語で話しかけてみました。すると、陛下は英語で答えてくださり、英語での会話が弾みました。そのとき私の印象に残ったのは、陛下の流暢に英語を話す能力以上に、英語で話すほうが日本語でお話しになるときよりもリラックスしていて、とても楽しそうに見えたことでした。

 

学生時代、東宮御所に陛下をお訪ねする前に、私はよく銀座に立ち寄りました。おいしいと評判のトンカツを、お土産に持って行くためです。陛下はトンカツが大好きで、差し入れると、とても喜んでくださいました。

カレーライスがお好きなこともよく知られています。学習院高等科でも、まれに食堂を利用することがあり、カレーライスを召し上がっている姿を見かけたことがあります。

お立場上、今はもう気軽に街に出ることはできないでしょうけれど、皇太子時代には、友人同士の会食にお忍びで参加していただいたことも何度かあります。そんなときは、たいてい陛下のお好きな中華料理を選びました。円卓を囲んで、大皿から料理を分け合い、楽しい時間を過ごしたものです。

アンドルー・B・アークリー著『陛下、今日は何を話しましょう』より

記憶に残っていた場面 山本文緒『シュガーレス・ラヴ』

「ねむらぬテレフォン」の一節で、この短編集は既読だと気づいた。
そして、鮮烈に記憶していたあるラストシーンが「夏の空色」のそれだったことも。
見終わった瞬間に忘れる映画、再読であることに気づかないまま読み終えてしまう(読書メモを見て唖然とする)ような本が大半の中で、一度読んでワンカットでも覚えているのはすごいこと。
それは作品の質だけでなく、自分側のタイミングもかかわっているはずだが、本作については2つのシーンをずっと忘れなかったのだ。

「アイスクリーム買ってきたよ。ストロベリーとチョコレート、どっちがいい?」
聞かれて彼女は「チョコレート」と呟いた。私が差し出したアイスクリームのカップを彼女が受け取る。その手首は小枝のように細かった。
私と彼女は黙ったままアイスクリームを食べた。

主任は小さく頷くと、ちょうどやって来た野菜の煮物を私の前に置いた。私はそういうものを食べるのは久しぶりだったので、嬉しくてすぐ箸をつけた。
「おいしいです」
「そうか。よかった」
「最近は、コンビニのお弁当とかハンバーガーばかりで、こういうものって食べないんですよね」
最初に1杯だけ飲んだビールが効いているのか、私はいつもの5倍ははしゃいでそう言った。

2カ月前とは、住人が変わったかのように見違える自分の部屋で、その日も私は通勤用のスーツを脱ぎ、主任の待つ食卓に座った。
「わあ、すごい。八宝菜?」
「うん。豚の角煮も作ったよ。午前中から煮込んだから柔らかくなった」
「おいしそう。ありがとう。食べましょう」

そうだ、誰かが買って来た温泉饅頭がまだ残ってたよな。とりあえずそれを食べさせよう。
そう思って立ち上がった時、彼女が顔を上げて僕を見た。
「饅頭、食べませんか?」
「あの」
「先輩が温泉で買って来たやつで結構おいしいんですよ。中は粒餡で」
(中略)
狭い給湯室では、流しの前に立ったまま社長が一人で饅頭を食べていた。

とりあえず、僕達は和やかに寿司を食べた。彼女は会社にいる時より笑顔を多く見せた。

何しろ、食事はまとめ買いをした冷凍食品を温めるか、缶詰を開けるだけだった私が、今は野菜やお肉を買って来て煮物やお味噌汁なんかを作ったりするのだから。

「後はやっておくから、もう寝てね」
「はいはい。おなか空いてたら、お鍋にスープが残ってるから」

「早いな。コーヒー入ってるぞ」
私は無理に微笑んで「ありがとう」と言う。顔を洗って戻って来ると、テーブルの上にこんがり焼けたトーストと半熟卵が載っていた。朝型の父は、あまり体が丈夫でない母に代わって、皆の分の朝食まで作ってくれるのだ。父と向かい合って座り、私はそれをぼそぼそと食べた。

目を開けると、長椅子の端に先輩の女性が座ってサンドイッチの袋を開けていた。
「あ、ごめんね。起こしちゃった?」
「朝ご飯ですか?」
彼女は答えず横顔で笑う。

仕方なく、お世辞にもお洒落とはいえない古びた喫茶店に入る。おなかが空いてしまったので、スパゲティーと紅茶を注文した。

テーブルに届いたスパゲティーを私は口に入れた。ケチャップがかかりすぎたそれは、一口で食欲をなくすような味だった。それでも食べないとまた貧血を起こしそうで、何とか半分ほどはおなかに入れた。

その夜、私は久しぶりに家族と一緒にテレビを見ていた。ごくごくたまに惑星が一列に並ぶ時があるように、何の打ち合わせもなく家族4人(私には兄がいる。でも彼も家に寝に帰って来るだけだ)が夕飯の席で顔を合わせることがある。食後に母が出して来たアイスクリームを食べながら、皆でテレビを見た。あまり下品ではない国営放送のクイズ番組。

私が見ているのに気づかず、弟はふたり分のハンバーガーとジュースを買った。女の子がお金を払おうとするのを止めて、弟がお金を払った。

私は曖昧に笑って椅子に座り、購買部で買って来たサンドイッチの袋を開けた。斜め後ろでは、昼食を食べ終えた男の子が参考書を読んでいた。誰かがふざけて甲高い声で笑ったが、彼はちらりとも視線を上げない。私はもそもそとパンを齧った。

持って来た紙袋から、私は缶の飲み物を取り出した。林檎味のとろりと濃いジュース。プルトップを開けて一気に半分ほど飲む。
すりおろした林檎とお砂糖とアルコールが入ったそれは、実はジュースではなくれっきとしたお酒である。ただ缶がどこから見てもジュースなので、学校や外で飲むのに重宝しているのだ。

喉が渇いていたので、生ビールを注文した。今日は何度も“黄金の最初の一日”が味わえて、私はすごく嬉しかった。
でも考えてみれば、私は今日朝からずっと飲んでいる気がする。恐るべし、私のタフな肝臓。
龍一はつまみをバカバカ頼んでバカバカ食べた。私はその場でバカバカと焼酎を飲む。

彼女の作ったとてもおいしいカレーライスを食べ終わり、彼女の手作りのデザートを食べている時、突然男の子が部屋に押しかけて来たのだ。
(中略)
私はゼリーを食べるスプーンを持ったまま、ぽかんとその男を眺めた。両目に涙を浮かべ、ぶるぶると頬を震わせている。

目を開けるとビールの入ったグラスを彼女がこちらに差し出して笑っていた。左手には自分用に、大きなソフトクリームを持っている。
(中略)
バニラと苺の縞模様のソフトクリーム。赤くてふくよかな唇がそれを嘗めとっていくのを私は見つめていた。

私達は、プールサイドにあるレストランで遅めのお昼を摂ることにした。
美波はピザとシーフードサラダとアイスココアを注文し、私はリゾットアイスティーを注文して食べた。
(中略)
彼女は話しながらもよく食べた。油でねっとりと濡れた唇がよく動く。言葉を発し、笑い声をたて、ピザを頬張り、ココアをすすった。私は何となく食欲をなくし、リゾットを半分ほど食べてスプーンを置いた。
「そんな少しで足りるの?」
美波が小首を傾げて聞いてくる。私が曖昧に笑うと彼女はピザの最後の一口を口に入れて言った。
「体重維持するの大変でしょう」

私はそっと立ち上がってキッチンに行った。冷蔵庫からおつまみ用のハムを出して包丁で切る。ふたりが何やら楽しそうに話しているのを、私はじっと聞いていた。

私の味噌汁だけ変なのかと首を傾げながら、今度は魚のフライを口に入れてみた。奥歯で二度ほど噛む。突如私はそれを吐き出したい衝動にかられたが、かろうじて我慢し飲み込んだ。

お菓子の棚を見ているうちに、チョコレートが目に入る。私は新製品が出ると必ず買って試すぐらいチョコレートが大好きで、ほぼ毎日食べているのだ。萎れかけていた食欲がカカオの風味と共に蘇ってきた。
チョコレートなら大丈夫かもしれない。そんな思いがこみ上げてきて、私は最近気に入ってよく食べているシュガーレスチョコレートを手に取り、レジでお金を払った。

膝の上でチョコレートの包装を開ける。銀色の紙をぱりぱりと剥がし、指に力を入れてひとかけら割った。おそるおそるそれを口に持っていく。ものを食べるのに、こんなに緊張したのは初めてだ。
チョコレートは舌の上でとろけ、甘い味がした。いつもとは味が違うように感じたが、先程の味噌汁とフライほどじゃない。
私は安堵の息を吐いた。そして次々とチョコレートを割って口に入れる。太るしニキビもできるから、いっぺんに板チョコを食べるようなことは普段はしないけれど、今日はお昼のかわりなのだからと自分に言い訳し、全部食べてしまった。

ほとんどの食べ物にまったく味を感じないのだ。肉も魚も野菜も、全部まずいこんにゃくを食べているようだ。仕事柄どうしても会食の機会が多く、それを避けたら仕事にならないので、私は週に2回も3回も高級なレストランでこんにゃく味のフルコースを食べているというわけだ。
(中略)
どうしてだが、甘味だけは比較的ましに感じることができて、ここのところ私はチョコレートやケーキや牛乳で生き永らえているといえる。

「僕が学生の頃からあるんだよ。ケーキもここのおばちゃんが作っててね。垢抜けてるとは言えないけどすごくうまいんだ」
3種類しかないケーキの中から私はチョコレートケーキを選び、彼はチーズケーキを選んだ。すぐに運ばれて来たそれは、まるで母親が子供のために作ったような、素人っぽい外見をしていた。
「おいしい」
早速一口食べて、私は思わずそう言った。そしてはっとする。食べ物を見て食欲が湧いたのも、おいしいと心から思ったのも本当に久しぶりだった。
「お姫様みたいな高級なケーキもいいけど、こういうのはほっとするだろう? 佐伯さんが気に入ってくれて嬉しいよ。あなたみたいなグルメに食べさせて、ださいケーキって馬鹿にされるかなって少し心配だったんだ」
私より一回り以上年上の男がにこにこしてケーキを食べながらそう言った。

「この前、生まれて初めてレトルトのシチューを食べてみたんだけどね。一口食べてうえってきたよ。金属が入ってるとしか思えない味がして、僕にはあれが食べ物だと思えなかったな。でも皆は平気らしい」
私は返事の代わりに紅茶をすする。いつも家で飲む、缶入りの紅茶とは違う飲み物のようだった。

「チョコレートケーキ、お土産に買って帰れるかしら」
「ああ、大丈夫ですよ。そんなに気に入りましたか?」
「ええ。もともとチョコレートは大好きなんです。いけないと思っても毎日食べちゃうの」
彼は楽しそうに笑ってウェイトレスにチョコレートケーキのテイクアウトを頼んだ。すると、先程のものが最後の1個だったと言われてしまい、私より南雲の方がしきりに残念がった。
「今度沢山買って持っていきますよ」

山本文緒著『シュガーレス・ラヴ』より

ひなあられとクリストフ 山本文緒『そして私は一人になった』

山本氏はうつに苦しみ、「楽しい」と心から思えるようになるまでの日々を日記として発表している。本書は時系列としてはその前の時期の記録である。
一般向けパソコンの黎明期。まだ彼女もワープロを利用。飲み会である人に「編集者に原稿を取りに来させるような作家は、原稿料を安くすべき」と言われて「(原稿の送信は)誰でもがすべきだとは思わない」とプンスカしている。時代は回る。

おなかが空いたので、お歳暮でもらった魚久の粕漬を焼いて食べる。

ご飯を作る気力が湧かず、テイクアウトのお寿司を買って帰る。

野菜と肉をごっそり買い込み、お肉は小分けにして冷凍し、野菜も冷凍できるものは茹でてから冷凍庫へ。キャベツときゅうりは長持ちさせるために塩揉みした。
すごく楽しい。私は今、家事が大好きだ。

ここ何年か、実家でご飯を食べる時は炊きたてのご飯でなく、タッパーウェアの中に余っている昨日のご飯を食べるようにしている。それは、母親がずっとそうしてきたことにこの歳になってやっと気がついたからだ。
一人で暮らすようになってからは、私は私の食べたいものしか作らなくなった。余ってもそれは好きなものだから翌日食べても虚しくはない。料理する気がない時は外食すればいい。

魚はそろそろ飽きてきたが、賞味期限も近づいているので、今日も魚久の粕漬を焼いて食べた。

夕飯はケイさんと二人でタイスキを食べる。
さりげなくお鍋のアクを取ってくれるケイさんは優しい。

夕飯に、試しに買ってきた”チャーハンの素”を使ってチャーハンを作ってみたら何かまずくて、半分食べて挫折した。自分のせいなのに不機嫌になる。
夜中におなかが空いて、桃太郎という名のトマトを食べる。トマトはおいしかった。

白菜と豚肉のスープを作ろうと、帰りに商店街で買い物をして帰る。

ずっと自炊をしていると、突如ジャンクなものが食べたくなる。
お昼はセブンイレブンの焼肉弁当を買って食べ、夜はデリバリーのピザを取って食べた。
前は宅配のピザは大きいサイズしかなかったのに、今は一人用の小さいのもあって助かる。ピザだけにしておけばいいのに、わざわざたった1枚のピザ、それもSサイズのためにこの寒い中アルバイトの若者が来るのかと思うと申し訳なくて、ポテトフライとサラダも頼んでしまう。

魚久の粕漬も、やっと全部食べきった。

角川書店H君に井伏鱒二が通ったというお鍋の店に連れて行ってもらい、井伏鱒二が座ったという畏れ多い席に座って牡蠣鍋を食べた。
もっとお酒を飲みたかったけれど、明日から香港なのでさすがに自重して帰る。

お高いふかひれのディナーも食べて、それはもちろんおいしかったけれど、怪しい路地の奥にある屋台で食べた、麺や点心がすごくおいしかった。屋台のおじさんは広東語しか分からないし、私達は全然メニューなんか読めないのに、何となくわーわー注文して食べられてしまうところがすごい。そして、値段がびっくりするほど安くてすごい。

留守にアパートの大家さんが来て、ポストにひなあられを入れていってくれた。ああ今日は雛祭りだたっと気がついた。なんか嬉しい。
ひなあられを食べながらアゴタ・クリストフ『第三の嘘』を読む。あまりの面白さに一気に最後まで読んでしまった。

成田から自宅に帰る途中、ずっと食べたかったお寿司を買って帰る。私は本当に情けないほどご飯党で、たった1週間のパン&麺生活にも耐えられないのだ。

アラスカの温泉もいいけれど、日本の温泉はやっぱり素晴らしい。
ちょっとだけど釣り竿も持った。ケイさんは小さな魚を1匹釣った。私は焚き火で焼いたサツマイモを食べた。

神奈川県のパスポート申請所は港の目の前にあって、夏のような青空の下、汗をかきながら港まで歩いて行くとものすごく気持ちがよくなって、つい勢いでホットドッグとビールを買い、山下公園の芝生に座って食べた。

ゴールデンウィークに遊びに行く、幼なじみのゆんちゃんに電話する。手巻き寿司をやるから泊まって行ってね、とゆんちゃんは言った。

帰りに”汚いけれど超美味しい中華料理屋”に連れて行ってもらう。料理もおいしかったが、ワンショット1500円もする紹興酒がとろとろっと甘くて、びっくりするほどおいしかった。

彼女が次々と出してくれるご飯やお菓子をガンガン食べ、ビールをガンガン飲み、お客さま用羽布団でガーガー眠った。

夜、友人とご飯を食べる約束がキャンセルになってとぼとぼ家に帰る。
気が抜けてしまってホットミルクだけ飲んで眠る。51キロ。

新しく出た文庫の打ち上げで、解説を書いて下さった書評家の方と角川H君と3人で天ぷらを食べる。
政治家とか会社の重役とかが悪巧みをしそうな高級な店で、有り難いやら落ちつかないやらで、それを誤魔化そうと食べまくって飲みまくってしまった。

夜遅くになって牛乳が切れていることに気がつき、またファミリーマートに行く。牛乳だけにしようと思っていたのに、「Hanako」とフライドポテトも買ってしまった。

渋谷から三軒茶屋に行き、ケイさんと会ってお寿司を食べた。
世間では今O-157という病原性大腸菌による食中毒があちこちで発生していて、亡くなった方が何人もいる。
そのせいで、なま物を扱っている寿司屋や焼肉屋にお客が入らなくなっていると聞いて、それならお寿司を食べに行こうということになったのだ。

ここのところファミリーマートは続けて行ったので、徒歩3分の所にあるセブンイレブンに行き、焼肉弁当を買って来る。

コンビニにはお米は売ってないだろうと思ったら、1キロの小さな袋を売っていた。
冷凍食品とハーゲンダッツのクッキー&クリームと「an・an」も買った。

自炊意欲は失せたままだ。体もなんかだるい。ビタミン入りのジュースを買う。

アイスクリームが食べたかったが、コンビニまで行く気になれず、牛乳を飲んで我慢する。食欲がなくて、買ってあったレトルトのシチューだけ食べてまた眠った。

元気も出てきたことだし、部屋に閉じこもってばかりいないでもっと外出しようと、とりあえず駅の近くにあるそば屋にお昼を食べに行った。
そこのお店は、引っ越してきた時、人から「おいしい」と聞いて食べに行ったら、本当にすごくすごくおいしかった。それから時々散歩がてら食べに行っている。
今日はかき揚げせいろ。
太った小エビが4つごろんごろんと入っていた。

中一日おいて、またそば屋へ。
なめこおろしそば。
私がその店に行くのはお昼時を外した2時か3時頃なのに、結構お客さんが入れかわり立ちかわり入っている。ちょっと分かりにくい場所にあるのに、客足が途切れることはない。やっぱりはやっているのだ。
でも、平日の昼間のせいか、それともそば屋なんてそんなものなのか、一人で食べに来ているお客が多い。

中年のおじさんはもちろん、女の人も一人で食事をしている人は大勢いた。40過ぎぐらいに見える、品のいいスーツを着た女の人が一人でビールを飲みながら天ざるなんかを食べている姿はすごく恰好がよく、のんびりとしあわせそうに見えた。

カガワちゃんが作ってくれたタコのサラダとすき焼きと、柏ちゃんが持って来てくれた八海山という新潟のおいしい日本酒を頂きながら、一人でそんなことを考えていた。

くたくたに疲れ、また例のそば屋に寄る。田舎そば大盛り。

帰りにまたそば屋へ。鴨南蛮。

そば屋に行く元気なし。冷蔵庫の中の物を食べてしまおうと、冷凍してあったカレーを食べる。

いいかげんに疲れて、引っ越しそばを食べに商店街の中の適当なそば屋へ入る。柏ちゃんは納豆おろしそば。私は野菜揚げそば。
ビールを1杯飲んだら睡魔が襲い、柏ちゃんが帰った後、段ボールとその他荷物の溢れかえった部屋で気を失った。

夕方前に嫌になって、何か食べようと近所をふらふら歩いていたら、渋そうなそば屋を見つけた。商店街のそば屋もおいしかったけれど、そこはちょっと変わったそばで、すごくおいしかった。
通い甲斐のありそうなそば屋が見つかって嬉しい。

はりきって昼間のうちに仕事を済ませたのは、夕飯にミタカさんが打合せをかねてフグを御馳走してくれるそうだからだ。
なんとなく驚くべきことに、私は今日生まれて初めてフグを食べるのであった。

厳密に言うとまったく初めてというわけではなくて、まだ会社に勤めていた時に忘年会か何かでフグちりがあったのだが、私は残業で遅れて行って、店に着いた時にはもうおじやができあがっていたのだ。そのおじやがめちゃくちゃおいしかったので、フグ本体もきっとおいしいに違いないとは思っていた。
そしてやっぱりフグはおいしかった。値段が高いだけはある。

開店の10時からゆっくり店内を見て、11時半頃に評判になっている台湾点心の店で早めのお昼を食べるという計画をたてて行ったのに、11時になる前に既に台湾点心の店は長蛇の列だった。
地下のお惣菜売り場で、すごすごとお弁当を買って来る。7795歩。

思ったより英語の話せる日本人というのは少なくて、それぞれ適当なことを日米で言いあって(もちろん通じていない)持ち寄ったおにぎりやサンドイッチやケーキを食べた。ホストファミリーが作った料理もたくさんあり、上級ホームパーティーという感じだった。

引っ越し祝いにケイさんが“電気グリル鍋”をプレゼントしてくれたので、その鍋を使って、柏ちゃんとカガワちゃんを呼んでしゃぶしゃぶパーテイーをする。

二人が来る頃には酔っぱらってしまって、お肉を食べつつ盛り上がる。彼女達が持って来てくれたデザートを、しゃぶしゃぶでおなかいっぱいにもかかわらずもりもり食べた。

今日はビールを飲んで、杏のお酒を飲んで、赤ワインも飲んだ。
嫌いなお酒はあまりないのだけれど、中華料理の時に頼みながちな紹興酒はあまり好きじゃない。でも前に、壜ではなくて甕に入っていて杓ですくって飲む紹興酒を飲ませてもらったことがあって(もちろんすごく高い)、それはとてもおいしかった。

友人が誕生日祝いだと言って焼肉を御馳走してくれた。

久しぶりのライブは期待以上に面白かった。その上、お芝居の中に客席へ何本かビールを配るというシーンがあって、飲みたいな飲みたいなと思っていたらもらえてしまったのだ。まわりの人に悪いなと思いながらもビールを飲みつつライブを見た。
終わった後、カガワちゃんは下戸なのでいっしょにケーキを食べた。
実はライブが始まる前に、私達はしっかりイタメシを食べていたのだ。

サナエちゃんはビールぐらいは付き合うと言ったが、やめておいた方がいいよと私が止めた。
地味にパスタ屋でスパゲティーを食べ、お茶を飲んだ。まるで女の子みたいだね、と笑った。まあ、女の子なんですけど。

感動したままテルコ推薦のお汁粉屋さんに連れて行ってもらい、おぜんざいを食べる。ものすごくおいしくてまた感動する。
そのあとはお約束の清水寺や祇園へ行き、先斗町で夕飯を食べた。おつまみとお酒でまたまた盛り上がる。

でも普段歩いていないので、お昼頃には足がくたくたになり、テルコが絶対ここでお昼を食べるべし、と言ったうどん屋さんでうどんを食べ(超うまい)、タクシーでホテルに帰って、少し昼寝をした。

ミタカさんに、ケイさんと二人でまたもやフグを御馳走になる。
銀座の路地にある、めちゃめちゃ高そうな店だった(実際高いに違いない)。
あまりのおいしさに、何だか罪悪感まで湧いてくる。貧乏性だなあ。

何だか急にマクドナルドのフィレオフィッシュが食べたくなって、徒歩5分の所にあるマックへ行った。うるさい小学生達にむっとしながらフィレオフィッシュを食べていたら、今日はクリスマスイブだということに気がついた。

駅を出て、家のそばのコンビニで肉まんと牛乳と明日の朝のパンを買って帰った。

私が高熱を出したカトマンズのホテルでは、手作り梅干しを食べさせてもらって感激し思わず人生相談までしてしまった。

その旅の3カ月後、旭川のクミコからある日突然どさっとアスパラガスが段ボール一箱送られてきた。私は山口さんを家に招んで、二人でそのアスパラを茹でたり炒めたりしてアスパラパーティーをしたのだが、半分も食べないうちにお腹がいっぱいになってしまった。大量に残った緑鮮やかなアスパラの束に私はげんなりした。

夕飯は近所の椿山荘で薬膳中華。一番少ないコースを頼んだのに、みんなおなかいっぱいで苦しくなる。

8時に起き、ゴミ出し。卵雑炊を作って食べ、文庫ゲラを読み、部屋の掃除をしてから、いよいよ新しいパソっちの箱を開ける。

父親が突然「俺が会社を辞める前にみんなでフグを食べよう」と家族を招集。しかし母はフグがあまり好きではないので欠席。父、兄、兄嫁、私の4人で日本橋でフグを食べた。父はめずらしく、若い頃母と登山したことなどをのろけていた。そういえば初めてフグを食べたのは、この本の親本を書いた1996年だった。それから何度か出版社の人に食べさせてもらってきたが、家族で食べるのは初めて。緊張感なく、フグに集中できた。

近所の喫茶店へ行ってカレーを食べる。二人でインドに行った時のことを懐かしく語り合った。またクミコに会いたいねと言い合う。
夕方ボーイフレンドが遊びに来て、近所のおでん屋にゆく。フグといい、おでんといい、季節感無視の食生活だ。

山本文緒著『そして私は一人になった』より

狭くえげつない東京『パレード』

トーストが食べたくなった。地元には最低限でもヤマザキレベルの美味しい食パンがないので、あまりトーストを食べない。

それから、東京の狭さ、怖さを思い出した。7年近く住んで当時は怖いと思ったことなどなかったのに。

本作は当然のように映画化されたようだが、キャスト一覧を見るだけでうんざりした。

その時、佐久間がチーズバーガーを頬張りながら訊いてきた。いくらやめろと言っても、佐久間は必ずレストランの椅子であぐらをかく。(中略)

佐久間は、「別にぃ」と答えると、頬張ったチーズバーガーを、甘いバニラシェイクで飲み込んだ。

食欲が失せたと言って、琴ちゃんはせっかく買ってきたカラス弁当をぼくにくれた。ちなみにカラス弁当というのは、駅前の弁当屋の目玉商品で、「カラ」は「から揚げ」、「ス」が少し訛って「しょうが焼き」、要するにその二つが入った580円のとてもお買い得な弁当のことだ。このしょうが焼きの味付けが絶妙で、午後8時を過ぎると、売り切れてしまうこともある。

「もう! なにがドラマよ! エンチラーダ、タコスのチーズとビーンズ、あとコロナのライムが切れてる」

貴和子さんは、コンビニの袋からsunkistのグレープフルーツジュースを取り出しながら、「言ってほしかった?」と意味ありげな視線を投げかけてきた。

見知らぬ若い男がそこでトーストにバターを塗っていた。(中略)ぼくは、目玉焼きを挟んだトーストを口に押し込む弟に、とりあえず頭を下げた。こちらが好意を示せば、相手もある程度の好意は示す。

自分でも何がなんだか訳が分からなくなってくるのは、このあとからだ。弟の横に座ったぼくは、貴和子さんが焼いてくれたトーストにたっぷりとバターを塗り、おまけに苺ジャムまで載せて口に運んだ。冷たいオレンジジュースを、渇いた喉に流し込んだ。目の前で貴和子さんが熱いコーヒーをゆっくりと啜り、横では弟が黙々とトーストを齧っていた。

(中略)

気持ちのいい朝、少し焦げたトーストにバターを塗って、熱いコーヒーが並ぶ食卓で、パンツ姿の若い男が、とつぜん意味もなく泣き出したのだ。

恵美子がおいしそうな若鶏の香草焼きを作っている。

あまりおいしくないカツ丼を二人並んで黙々と食べていると、店のおばさんの言った通り、相席を頼まれた。(中略)

良介くんも体は出ようとするのだけれど、楽しみに残していたらしい最後のカツの一切れが惜しいらしく、腕を引かれながらも箸の先がそのカツを放そうとしない。

「(中略)今、分かってんのはね、『やさしいトラックの運ちゃんに、パーキングエリアで、きつねうどん奢ってもらった』ってことだけなんだからね」

自分とその男の子のためにコーヒーを淹れ直すことにした。直輝きんが出勤前に飲んだらしいバナナプロテインのカップやなんかが、流し台に置かれたままだったので、ちゃっちゃっと先に洗い物を済ませ、軽い朝食でも作ってやろうとトーストと目玉焼きを用意した。

「(中略)そしたら、『二日酔いか? バナナジュース飲め、バナナジュース』って、ほら、あのシェイカーでガシャガシャ作ってくれるんだけど、二日酔いの朝にバナナジュースなんか飲んだら吐いちゃうっていうんだよ」

帰りにサトルくんと二人で、サーティワンのチョコミントを食べて、コンビニで丸山くんの記事がたまに出ている雑誌の新刊が出てないか点検していると、サトルくんが、「俺、そろそろ」と言い出したので、ここで逃げられたらまた夜まで一人になってしまうと思い、「ねぇ、部屋で『バイオハザード2』やろうよ」と無理やり部屋へ連れ帰った。

「起きたの? それとも起きてたの?」などと呑気なことを言いながら、ひじき、きんぴらごぼう、ゴマ豆腐と、やけに所帯じみた惣菜をテーブルに並べ始める。

二、三日前、珍しく休みが重なった直輝と二人で、駅前の焼肉屋へ言った。ユッケの黄身を混ぜながら、「俺さぁ、電車の中でウォークマンとか聴いてる女を見ると、妙に興奮しちゃうんだよね」

直輝が仕事から戻ってくるのを待って、みんなで焼肉屋へ行った。たらふく食べ、たらふく飲んで帰ってくると、良介がバイトから戻っていた。焼肉屋の帰りに買ってきた苺を抓みながら、1時頃までみんなでワインを飲み、順番にシャワーを浴びて、それぞれの寝床へ入った。

出かける前に、琴が手際よく作ってくれたサンドイッチは、正午を待たず、すでに良介と直輝が半分以上食べてしまっている。(中略)

直輝はそう言うと、ランチボックスからベーコンサンドを取り出した。口の周りをケチャップで汚しながら、おいしそうに頬張っている。

やっと眠らせてもらったのが夜明け前、それでも11時には目を覚まし、昼食にカロリーメイトを1本ご馳走になって部屋を出た。

コンビニでホットドッグと牛乳を買い、しばらくそのマンションの前で、ガードレールに腰を下ろして張っていると、入口から学生風の若い男が出てきた。(中略)

忍び込む前にコンビニで買ってきたホットドッグと牛乳をテーブルに出した。店の奴が電子レンジで温めすぎたらしく、袋の中でホットドッグが縮んでいる。齧りつくと、口の中に甘い脂が広がって、喉の奥をゆっくりと落ちる。

リビングのソファで毛布に包まり、琴ちゃんが焼いてくれたワッフルに苺ジャムを塗っていると、いつもより少し遅く起き出してきた直輝が、「サトル、お前、きょう、俺の社会でバイトする気ないか?」と訊いてきた。

もちろんなかったので、「ない」と答えて、熱いワッフルに齧りついた。すると、次のワッフルを焼き始めていた琴ちゃんが、「手伝ってあげなさいよ」と言うので、とりあえずどんな仕事なのか訊いてみた。

とつぜん直輝にそう訊かれ、おれは思わず食べていた海鮮チャーハンを喉に詰まらせた。(中略)

担々麺を啜る直輝を眺めながら、普段は友達感覚で付き合っているが、やはり28歳のおっさんなんだよなぁ、とおれは思った。

広い仮眠室の隅で寝ていた男の鼾で目を覚まし、サウナを出たのは昼前で、ロッテリアに入り、えびバーガーを注文した。(中略)

横で、初老の男性が二人、「こういうのを食べると、最近は1日中、胸焼けがしてねぇ」などと話しながら、テリヤキバーガーを頬張っていた。

美咲が注文していたのはパスティッチョという肉パイだった。肉汁したたるパイにナイフを突っ込み、丁寧に切り分けていると、「ねぇ、もしかして機嫌悪い?」と、とつぜん美咲に訊かれた。

石心亭のランチは、赤松鯛かフィレ肉のどちらかだった。社長が赤松鯛を注文したので、俺はフィレ肉を頼むことにした。

マスターが出してくれた苺を、白ワインで流し込みながらそう答えた。

千歳鳥山駅前のサーティワンでアイスクリームを買って帰った。(中略)

どこか表情の暗い琴ちゃんに、箱の中から好きなアイスクリームを選ばせ、切り子硝子の皿に移してやった。

俺は何も言わずにペパーミントチョコのアイスを舐めた。辛口のワインで痺れていた舌に、甘いアイスがまとわりついた。

吉田修一著『パレード』より

『ツ、イ、ラ、ク』で成績アップ

この小説は何よりも、次の記述が白眉。

2学期の中間試験での隼子の成績は23位に上昇した。期末試験は18位だった。全学年に比してはるかに上がった。
セックスの体験は成績に現れた。テストの神聖なイメージに縛られ、答案用紙に向かうと、ぜったいにミスは許されないと神経質になり過ぎてケアレスミスばかりしていた彼女は、セックスを知ることで、テストが神聖ではないと見なす余裕を得たのである。

そっちにはまって他が疎かになる子、逆にはまる以前に相手を振り向かせようと成績が上がった子の話は聞いたことがある。が、セックスを知ったことでそれ以外の現実を俯瞰できるようになる、というのは斬新で、まるで出家のよう。かれらのセックスの高次元ぶり、真実ぶりがよく表れていて、膝を打った。

そしてお母さんは、遊びに来た全員に、紅茶とエクレアを出してくれた。ひとり2個ずつも出してくれた。エクレアが20個もずらりと机にならんだ光景を、統子は生まれてはじめて見た。
(中略)
京美の母が出してくれたエクレアを、隼子はひとくちしか食べず、あとはぜんぶ残した。食べへんなら、それちょうだいと言えなかったのが癪にさわる。いつでも自分のおやつはエクレアやから飽きてしまったと自慢したかったのにちがいない。
「お菓子は?」
そんなにデラックスなおやつを毎日食べているのなら、自分にも出してもらおやないの、そう思い、統子は要求した。
「お菓子出してくれへんの?」
「お菓子食べるの?」
「お客さんが来はったんやさかい、お菓子を出すんもんとちゃうの?」
(中略)
「ちょっと待ってて」
隼子は「勉強部屋」を出てゆき、しばらくするとデパートの包み紙がかかったままの箱を持ってきた。
「これ、お菓子やてお母さんが言うてはった」
御礼・厳島洋治。熨斗紙がついたままの箱を、隼子は破る。
「なんやろ」
統個は隼子とともに、破られた紙から出てきた箱を見た。三角帽をかぶった、尖った靴をはいた小人が、切り株にすわっている影絵のついた夢みるような箱。箱には『北国の恋人』と書かれている。
「ホワイト・チョコレートやて」
小冊子を読みながら、隼子は統子の前にさしだした。
「食べて」
統子はひとつ食べた。箱に描かれた影絵同様、夢みるように甘くてとろけた。
「おいしい」
24時間前の脱走を、統子はは仮釈放とした。
「ほんま?」
隼子の口もとにもホワイト・チョコレートが入る。すぐに出る。口から出したものを隼子はさっき破った包装紙をちぎって、そこに捨てた。

エクレア、アイスクリーム、ホットケーキ、クッキー、ミルキー、タフィ、ミルクキャラメル、クリームマフィン、クリームソーダ、クリームパフェ、クリームシチュー、スパゲティ・カルボナーラ、それにとくにモンブランケーキが隼子の嫌いな食べ物で、今日、新たに『北国の恋人』が加わった。
「いちばん嫌い。モンブランより嫌い」
と、思った。
<これはお菓子やさかい、だれかお連れが家に来はったときに出したげ。あんたこういうもんは食べへんやろし>と母から言われていた包みだった。ぜんぶ持って帰ってくれた統子がありがたい。

パーマ姉は、ちりめんじゃことお茶を出してくれた。
「おいしい」
『北国の恋人』より10倍、ちりめんじゃこはおいしい。

ピアノのある応接間のソファにぎゅうぎゅうづめですわる全員に、京美ちゃんのお母さんは、経営しているベーカリーから持ち帰ったクロワッサンと、チーズかまぼこを大皿に盛って出してくれた。

それよりも隼子は「遅うなったさかい、給食は、食べられへんかったら残してええで」という先生からのお墨付きがうれしかった。お墨付きを楯に、パンを1枚食べてお茶をのみ、あとはミルクもおかずも残した。給食は嫌いである。

それが7時になると起きて、父親に朝の挨拶をしに奥の間に行き、玄関を掃き、コーンフレークにミルクをかけた朝食を食べ、歯をみがき、皿とスプーンを洗い、雑木林をポストのほうに向かって、いつものように歩いていった。

ぶすっとしている母の横で、隼子は黄色い飴を舐めた。回覧板をまわしにいってもらった直径5センチもありそうなぐるぐるまき模様の、棒のついた飴。甘味が強すぎてうまくない。舌を出して辛味のあるニッキの部分だけをぺろぺろ舐めていると、母はますます遠景に見える。
せっせと舌を動かす。飴の表面から、ぐるぐるまきの模様が消えた。残りをまるまるごみばこに捨てると、嘆きの母のうしろを通過して、玄関に向かう。

ただし、膝の痛みはせっかくのゴールデンウィーク中の「ひとり暮らし」のあいだに、町をぶらぶら歩きまわるようなことを隼子にさせてくれず、庭の野菜や缶詰やインスタント麺で食事をすませ、本や漫画を読んだり、イアン・マッケンジーを中心に音楽を聴いたり、TVを見たり、あと問題集をしたりして英語は勉強した。

北陸の温泉への職場旅行で父母はまた不在になったから、手作りのサンドイッチを弁当にしようと前夜には意気込んでいたのだが、朝早く起きられず、校門のすぐ前にある「文具のコニー」でパンを買っていった。文房具も売っているが、パンと牛乳も売っている店だ。

午後にだれかが牛肉と焼き豆腐と蒟蒻と葱を買えば、翌朝にはその者がすき焼きを食べたことが知れわたる。

隼子の好きなものは心太とくだものとコーンフレーク。日本に輸入されてまもない実やかたちの変わった実を食べたがった。コーンフレークには砂糖はかけない。
(中略)
モンブランケーキを出してやったことがある。買ったのかと訊かれ、隣室に新しく越してきた住人からもらったと答えてわたした。わたすやいなや、<いらない>とごみばこにばさっと投げ捨てた。<嫌いだもん>。見向きもしなかった。思わず殴るところだった。
心太の味は河村が教えた。隼子の家では心太に黒蜜をかけて食べるのである。それを、『北国の恋人』もモンブランも嫌いな隼子は好まなかった。京都に越して来たばかりのころ、黒蜜をかける心太に驚いた河村は三杯酢を調合する方法をおぼえた。ヤって犯ったあと、はじめて隼子に出してやったとき、心太の代金を払ってから、それを食べ、ショーウインドーに飾られたいちばん大きな人形を買ってもらった小学生のような顔で<おいしい>と言った。

8月30日に鞍馬山に行った。貴船神社なら知り合いに会うことはないだろうという河村の判断だった。蔵馬はもう涼しく、川床で食べる素麺ももうあまりうまくなかった。
(中略)
海苔と生卵と塩鮭と味噌汁の朝食を食べながら、河村は憮然として隼子と口をきかなかった。

教育委員長の須貝さんが錦市場でカタマリを買うて、父親が好む、あぶらの少ない背の、赤い部分を分けてくれた寒ブリ。ぼくは腹んとこの、とろっとしたとこのほうが好きやのに。関川高校で校長をしながら味覚のおかしい父親もクズなら、そんな背中の赤いとこを恩きせがましう31日に持ってくる教育委員長もクズや。

「元気だよ。これ、うまいね。彼女が作ったの?」
昼食は父が解凍したシチューだった。
「ああ。料理もうまい」
「なんでもできるんだね」

彼らは二日酔いのために、父と河村はめんどうくささのために、夜は蕎麦の出前をとって男4人はむさくるしくリビングにそろって麺をすすりながら、紅白歌合戦をながめた。

「元旦に、お雑煮のお餅、何個食べた?」
「みっつ…よっつだったかな」
「そんなに? 甘いのに?」
「甘い?」
関西の雑煮は白味噌を使うことが、正月には父と会うので関東式の醤油味の雑煮しか食べたことのない河村にはわからない。
「森本は?」
「ゼロ」
「1個も食べなかったの?」
「元旦は。ヤツガシラを食べるとおなかいっぱいになる」

ふたりとも昼食をとっていなかった。どこの幹線道路にもあるような休憩用の施設に入った。そこでのサンドイッチとコーヒーの代金をいつものように隼子が支払うと言うのを河村は拒否した。

食事をできず、売店もなかった。弟の友人が新幹線のなかでくれた飴がポケットに入っていたのでそれを食事代わりにした。林檎の味のする飴は1個しかなかった。交互に舐めた。

棺の前にぽつねんとすわっていた喪主が愛をふりかえったころ、マミは放送局内の社員食堂で稲荷寿司を食べていた。

塔仁原はビールを1本飲んだあと、水割りを注文してくれているが、太田はグレープフルーツ・ジュースを注文したきり、<車やがな>と水ばかり飲む。なら、なにかつまみをとってほしいのだが<乾きもんがなんでこんなに高いねん>と、なにも注文してくれない。

「手が写ってへんけど、先生はサンドイッチを持ってはるんです…」
サンドイッチは隼子からのプレゼントだった。
「中3の2学期に入ったばかりのことです。お昼でした」
4時間目までを欠席し、京美の父母の経営するベーカリーでサンドイッチを買い、変速機付の自転車をコニーの電話ボックスのうしろの看板の陰に隠して登校した隼子は、サンドイッチをマミと愛にもすすめた。
小山内先生は自分の弁当には手をつけずにサンドイッチを食べ、弁当は、たまたま愛に、伊集院からの連絡をつたえにきた塔仁原と富重が半分ずつ食べた。

丁子麩とにぎりめしをたくさん食べたらしい真島が愛の横にすわったので、愛は喪主に頭を下げた。

放課後はいつもお好み焼きかきつねうどんを食べた。そのあとも、勅使河原は自宅で、ほかの3人は寮で夕食を食べた。あのころはとにかくよく食べた。

電車通学で出会う女子校の生徒に片思いしていた勅使河原の手紙を首尾よく彼女にとどけ、デートまでセッティングしてくれた隼子に無理やり食べさせられた納豆蕎麦。

都区内にある鉄道模型の飾られたカレー屋で、鳥居は顔をしかめていた。うへ、まずい。カレーなんてもんは味が濃いき、だれが作ってもたいがいはサマになった味になるもんやが、どうしたらこんなまずいカレーになるがやろう。

そのとき鳥居は、串カツとかにクリームコロッケとちくわの磯辺あげとくじらベーコンを、河村が<青年が食べれば?>と、こちらが遠慮せずにすむすすめ方をしたのをいいことにすべて食べ、焼酎サワーをずいぶん飲み、煙草もずいぶん吸い、アルコールとニコチンの相乗効果で相当酔っていたはずだが、心太と豆腐を食べながら氷を入れた焼酎を飲んでいた上司の答えはよくおぼえている。

女子家庭科調理実習ではできあがった料理を担任に出すことになっていた。ステンレスの流し台と水道のついた台が6台ならんだ調理実習室に呼ばれて来た彼は、隼子の斜め前にすわって煮魚を食べた。その箸の使い方がきれいだったことをなつかしく思い出す。

アイラ島のウィスキーを、鳥居以外のふたりはストレートで飲んだ。鳥居は氷を入れて飲み、ふたりがひとくちも食べない木の実とクラッカーとチーズを食べた。
「森本さんはお酒強いんですね。このシングルモルト、好きなんですか?」
「嫌い。救急箱みたいな匂いがするから」
「え、嫌いなんですか。じゃ、ほかのものにすればよかったのに」
「鳥居さんが頼んだから、飲んだことなかったけど、じゃあ飲んでみようと思ったの。どんな味がするのだろうと思って」

「本日金曜日はレディースデーですので、女性のお客様にはこれを「
花模様のついたガラスの器に盛られたアイスクリームが、隼子の前に置かれた。
店員が立ち去ると、河村は当然のように器を鳥居の前に移動させた。
当然のように隼子も、アイスクリームを見ない。
「ぼくが食べていいんですか? アイスクリーム」
鳥居は、当然のように自分の前に置かれたアイスクリームの不自然さにとまどう。
「ぼくが食べていいんですか?」
鳥居は再度、訊く。
「嫌いだから」
そう答えたのは、だが、隼子ではなく、河村だった。
(中略)
鳥居はなんだか知らないが目の前にまわってきた「アイスクリーム」を食べ、鯛焼きを思い出した。
「外房線にはひとつ、鯛焼きを食べられる駅があるんです」
そこでは餡入りの鯛焼きのほかにアイスクリーム入りの鯛焼きの2種が販売されているのだと鳥居はふたりに教えた。

姫野カオルコ著『ツ、イ、ラ、ク』より